夏の日和と人ごころ | ナノ
黒髪の後を追う
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「オイ仙道、あんまり遅くなるなよ!このあと試合なんだからな!?」
「わーかってるよ越野」


中学の時にスカウトされた神奈川の陵南高校に入学して、早数ヶ月。今日が俺のデビュー戦の日だった。主役は3年の先輩たちだけど、俺も一応スタメンに入ってる。もちろん試合に出るからには全力でやろうと思う。
でもうちの試合までかなりの時間があって正直暇だし、ちょっとくらい体育館をぶらぶらしても怒られはしないだろうと、軽い気持ちで観客席から離れた。運動部に所属してるけど、団体行動はちょっと苦手だ。




……すげー、綺麗な髪。


前を歩く女の子の少し緩いポニーテールがサラサラと揺れていて、俺の視線はずっとその髪に向けられていた。

どこかの学校のマネージャーだと思うけど、この黒のジャージはどこの高校だっただろう。ズボンしか履いていないから、後ろからだと学校名が分からない。分からないと、余計に気になった。これだけ視線を向けていればこっちを振り返ったりしないかな、なんてぼんやりと考える。


「うわっ!」
「……っとと」


その子が曲がり角に差し掛かったとき、何かに驚いたのか急に後退ってバランスを崩した。ぽす、と俺の胸に飛び込んできた華奢な肩を咄嗟に支える。彼女を驚かせたであろう子供が角から飛び出してくると、俺たちに気付くことなくそのまま走って行った。……元気なのはいいけどちょっと危ないよなあ。


「……大丈夫?」
「……はい、ごめんなさい」


子供を目で追ったあと、腕の中の女の子を見下ろして驚いた。白い肌に真っ黒な瞳、その整った容姿は予想のずいぶん上をいく美人だった。なんかラッキー。


「俺、仙道ってんだ。キミ……名前は?」
「名字ですけど……あの、ありがとう。もう大丈夫だから離してくれます?」


彼女に言われて両手を離す。ふうん、名字さんね。
向かい合ったおかげで、ジャージにプリントされた文字が読めた。ああそうだ、そういやこの黒は湘北だった。湘北、今日の対戦相手だ。


「湘北のマネージャー?」
「え、あ……はい」
「1年?」
「2年」
「ありゃ、先輩っすか」
「じゃあもう行くけど……ごめんね、足踏んじゃって」


なんだ、あっさりした人だな。クールというか、周りにはいないタイプの女の子。俺の中の名字さんの第一印象はそんなものだった。


「いっすよ。そのかわり下の名前も教えて」
「……イヤ」
「えー」
「他校だし、年下でしょう?必要ないと思う」
「ちぇっ」


なんとなく予想はできたけど、即答で拒否されてちょっと悲しい。自惚れ抜きにして、俺、けっこーモテるんだけどな。こんな風にあしらわれたの初めてだ。でもなんか楽しい気もする。

その時、少し遠くからこちらに呼びかけるような声が聞こえてきた。「おーい、名前!行くぞ!」と手を振っているのは、彼女……名字さんと同じジャージを着た眼鏡の男。名字さんはその声に反応して振り返り、指で輪っかを作っていた。


「へえ、名前さんって言うんだ。いい名前っすね」
「……どうも」


俺に名前を知られて眉間にしわを作ると、「じゃあ本当に行くから」と背を向けて今度こそ湘北の人達がいるところへ行ってしまった。さっきの眼鏡の男の隣に立つと、俺の前にいた時とは全然違った表情をしていた。それを見てフ、と口元が緩む。同時に、自分の中でどこか変なスイッチが入ったのを自覚した。


「おもしれー」


今までこんなにハッキリと女の子から一線を引かれることは無かった。そして、こんなに興味を持つことも無かった。
その後少ししてから陵南の所へ戻ると、かなり上機嫌な俺を見て越野が不思議そうに首を傾げていた。




「うわっ、また仙道だ!」


前半から途中出場を果たした俺は、特に気負うこともなく伸び伸びとプレーをした。これが高校の公式デビュー戦になるわけで、前日から高揚はしていたけれど、どうもこの調子の良さはそれだけじゃない。


ガシャン……ッ!


ディフェンスを掻い潜ってダンクを一つ決めた。客席や味方ベンチから歓声が上がる中、チラリと湘北ベンチへ視線を向ければ、安西監督の隣にちょこんと座ってスコアをつけるマネージャー。彼女は今、俺の背番号をそこに記したはずだ。13、と。


「ほっほ、仙道くんひとりで47得点……技術も体格も申し分ない。逸材ですね」
「…………すごい……」


試合を観ていた彼女がそんなことを呟いてたなんて、コートでプレーしていた俺が知る筈も無かった。



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