「難しい顔してる」
朝起きて学校に行ってなんとなく授業を受けたり友達と話したり。そうして気が付いたら放課後になっていて、一人ゆっくりと家に帰る。そんな風に過ごしていると、あっという間に一週間が経った。
誰が知ったのか、彼と私が別れたという噂は次の日にはある程度広まっていて、廊下を歩けばちらちらと不躾な視線を向けられた。彼がサッカー部のレギュラーでそれなりに人気があったからか、その殆どが女子からだった。
「・・・元気ないね、名前ちゃん」
今日も全ての授業が終わると帰り支度をして昇降口に向かった。下駄箱で靴を履き替えていると、久しぶりに聞く声が私を呼び止める。ちなみに私の事を「名前ちゃん」なんて親しげに呼ぶ男の子はそうそういない。
「難しい顔してる」
振り返るとそこにはいつもと同じ、緊張感のない表情。よく言えば穏やかで毒気が無い。仙道くんはそういう顔をしていた。そういえば彼と話すのは、一緒に職員室まで行ったあの時以来だ。たった一週間話していないだけでこんなにも久しく感じるものなのかと思った。
「そんなことない」
「いーや。あるよ」
一言返して歩き出した私のすぐ後ろに着いてくる仙道くん。正直、なんで?と疑問が浮かんだ。
素っ気なくなっても仕方がないと思う。だって私の元気が無いのも、難しい顔してるのも、そもそも原因は少なからず彼にあったりするのだから。
「・・・仙道くん、部活は?」
校門を出てもまだ近くにいる仙道くんに視線はやらずに聞いた。
「今日はオフなんだ」
期待してた答えとは違ったので溜息をつきたくなったけど、ギリギリのところで飲み込む。
「で、どうしてついてくるの?」
なぜか口笛を吹かんばかりに機嫌の良さそうな彼の雰囲気を感じ取って小さく湧いてくる苛立ちを抑えながら、ひたすら前を見て歩く。
「一緒に帰るのイヤだった?」
聞いてるのはこちらなのに、問い返すとは何事か。だめだ。こんな小さな事も流せないほどに、今の私はどうしようもないんだ。・・・もう、喉の一歩手前まで来てしまっている。
『私がこうなったのは、誰のせい?』
出かかった言葉を目を瞑って追い払った。そうじゃないのに。仙道くんのせいじゃない。誰のせいでもない、のに。
自分の中のやるせない気持ちをどこにもぶつけられなくて、心の中で葛藤を繰り返していた。それでも、やっぱり抑えきれなかった片鱗が、彼に向かって放たれてしまった。
「お願いだから、私に構わないで」
「・・・どうして?」
「迷惑なのっ ほっといてよ!」
帰り道の途中にある寂しげな公園の前。苛立ちを含んだ声は、思ったよりも辺りに響いていた。立ち止まった仙道くんを置いて私は全力疾走をした。きっと彼が追いかけようと思えば、私の足なんてすぐに捕まるはず。でもそうならなかったのは・・・
「・・・言っちゃった」
ああ。何してるんだろう。これじゃあまるで八つ当たりだ。仙道くんはいつも通りに接してくれただけなのに。
私、きっと彼を傷つけた。