二番煎じ | ナノ
「じゅ、十分です」


元彼もあの女の子もいなくなった屋上に、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。午後の授業は何だっただろうかと考えていた私のすぐ側で、どさりと仙道くんが腰を下ろした。


「あ・・・仙道くん、血が・・・」


胡座をかいてフェンスにもたれていた彼は口元を拭って「ホントだ」と呟くと、そっと私を見上げた。その目が私に座れと言っているように見えて、どうしようかと少し迷ったあと、彼の隣に静かに腰を下ろした。スカートを折って体育座りをしていると、仙道くんが空を仰ぎながら口を開く。


「あーあ、殴られちった。ま、当然だな」
「・・・私のために?」
「というより俺のためかな。上で寝てたのは偶然だけどね。我ながらタイミング良すぎ」


そう言って乾いた笑みを浮かべると、少しの間沈黙が続いた。お互いに視線は前を向いたまま。
こうやって仙道くんと二人きりで話すのは何だか違和感があった。安心するような、緊張するような、嬉しいような、戸惑うような。うまく表せない色んな感情が私の心で渦巻いていた。


「仙道くんのため、って・・・?」


意を決して、私は口を開いた。今さら授業に戻るなんてことは考えていなかった。この屋上にいるのは私たち二人だけだ。他には誰もいない。邪魔する人も噂をしたがる人も。
だから、彼の思いを聞きたい。


「・・・名前ちゃんのこと諦められなかった」
「え・・・?」
「いちばん自分本位だったのは、俺なんだ」


彼の言葉に、驚いて顔を上げた。そこには私を見下ろす目があって、ぴたりと嵌る。


「俺が望んで、名前ちゃん達を別れさせた。ああやって君に親しげに接してれば・・・アイツならそうすると思ってた」


時折瞬きをしながら、真っ直ぐに私を見つめる仙道くん。視線も耳も心も、全部を使って彼の話を聞く。


「それで最初は、弱ったところにつけ込もうと思ってたんだけど・・・名前ちゃんの傷ついた顔を見ちゃったから、急に罪悪感でいっぱいになった。それに・・・名前ちゃんがあの男をね、やっぱり好きなんだったら俺の出る幕じゃないなって」


ごくりと、唾を飲む音が自分の中で響いた。そうまでして彼が私のことを想ってくれていたのだと知って、徐々に鼓動が速くなるのが分かった。

確かに元彼と別れたのは仙道くんがきっかけになったと思う。でもきっと仙道くんが何かをしなくても、いつかはこうなってた。それが早いのか遅いのかはともかく、結局、気持ちが無かったのは私だ。形ばかりで中身を大事にしなかったのは、この私。


「・・・でも、裏門で二人を見てそれは勘違いだって分かった。そしたらここで揉めてるのが聞こえてさ、むかついたから自分の身勝手棚に上げてアイツらに思ってること言っちゃったんだよね・・・だから、結局は俺のためってワケ」
「・・・」
「色々こじらせちゃってゴメンね・・・怒ってる?」


仙道くんの太い眉が下がって、目の前には心配そうな顔があった。私がぶんぶんと首を振ると「よかった」と呟いて微笑んだ。その笑顔に胸がきゅう、となる。

今度は私の気持ちを聞いてもらわなくちゃいけない。彼から下へ視線を落とし、ひとつ大きく深呼吸をした。


「・・・本当はね、全部仙道くんのせいにしようとしてた」


顔を上げることは出来ないけど、仙道くんがちゃんと聞こうとしてくれてるのが雰囲気で分かった。


「八つ当たりして、どうでもよくなったの・・・でも、後で申し訳なく思った。よく考えたら、元彼のどこが好きだったのかも分からなかったの。彼があの女の子と付き合ってるって噂を聞いても、何とも思わなかった。それが不思議だったけど・・・」
「けど?」
「今度は仙道くんがその子と付き合ってるかもしれないって知って、すごく、嫌だった・・・どうしてあの子なのって。自分勝手だよね」
「そうかな。俺に都合がいいようにしか聞こえない」


穏やかで優しい声が私に降ってくる。垂れた横髪を耳にかけながらそっと頬に添えられた手は、とても大きくて暖かい。

目を細めた仙道くんから伝わる熱い気持ちに、脳みそごと溶けそうだと思った


「私たち、回り道してたのかな」
「俺はずっと前から・・・名前ちゃんひとすじだよ」


だんだんと距離が近づいていく。


「・・・想ってくれてる、んだよね」
「あれ、伝わってない?」
「じゅ、十分です」
「いーや、まだ分かってないね。ほんの一部しか」


お互いあと数センチ動けば触れてしまうというところで、恥ずかしさに耐えきれず、ぎゅっと目を瞑った。


「・・・先に瞑った方が、負けだよ」


重なった温もりに身を任せながら、負けでもなんでもいいやと考えることを投げ出した。



fin.
16/05/18〜16/11/03


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