「なんだこれ」
私にしては珍しく、たくさん考えてみた。やり直したいと言ってきた元彼のことではなくて、もっと別のことを。
そうして、これまでいかに気楽に過ごしていたんだと自分で自分に呆れる思いだった。誰かのことを想うことがこんなに切ないだなんて、私は知らなかったから。
学校にいても家にいても、ふとしたときに浮かぶのはいつも仙道くんの傷ついた顔だった。彼が差し伸べてくれた手を振り払ったあの公園の時の。もういちど前みたいに笑いかけてほしいというのは私のわがままだ。でも今はそれを望んでやまなかった。
「なんだこれ」
朝学校に着いて下駄箱を開けると、身に覚えの無い紙が上履きの上に乗っていた。ノートをちぎって二つ折りにされたそれはラブレターというにはあまりに素っ気なく見えて、ちょっと警戒する。恐る恐る手に取って中を見た。
『昼休み 屋上』
簡素に書かれたその字をそっと指でなぞる。一体誰からの呼び出しなんだろう。もしかしたら、私のことが気にくわないと思っている女の子たちだろうか。このとき、私の中に元彼という選択肢は無かった。彼はこんな回りくどいことはしない。
授業が始まってからもポケットに仕舞った紙のことが気になって仕方がなかった。差出人も用件も分からない以上、これは行ってみないことにはどうしようもないと思い、私は昼休みになるのをじっと待った。
「・・・なんで名前が来るんだよ」
怪訝そうな目で私を見た元彼は、屋上のフェンスにもたれていた。屋上って鍵がかかってないんだとか、ここに来るのは初めてだとか考えながらドアを開けた私は、その姿に驚き動きを止めた。
どうしてここに居るのかこっちが聞きたい、と口にはしなかった。
「私が呼んだからだよ。ねえ、早くそこどいてくれる?」
「あ・・・うん」
すぐ後ろで声がしたかと思うと、元彼の彼女が立っていた。私の横をさっと通り抜けて屋上に足を進める。どうやら私たちを呼んだのは彼女らしい。
三人で向かい合うという予想外の展開に心臓が変な音を立てていた。ここに私がいるのは場違いにしか思えない。正直、早く教室に戻ってしまいたかった。
「・・・私、別れるなんて嫌だから!」
「その話はもう終わったじゃねえか」
「納得出来ないよっ」
私を他所に元彼と彼女が言い合いを始めた。喧嘩のようなやりとりに私はますます混乱する。彼女と別れると言っていたアレは本当だったんだ。そしてまた、私の時と同じように一方的に振ったのかな・・・だとしたら、この子も可哀相。
「どうせあなたが何かしたんでしょ?だから私が別れたいとか言われたんだよ!意味分かんないっ」
「え・・・私、べつに、なにも」
ぼうっとしていた私に突然怒りの矛先が向いてきた。顔を赤くしたその子に詰め寄られて後ずさった。言いがかりにもほどがあるというものだ。とうとう涙を流してしまった彼女を見ていられなくて、視線を逸らした。泣きたいのはこっちなのに。
「私があなたの彼と付き合ったから気に入らないんだよね!何にも思ってないフリして・・・仙道くんだって私のほうが好きみたいだし?それを妬んでたんでしょ!?」
勢い任せに言われた言葉が、私の目の前で棘となって弾ける。元彼は彼女の様子に圧倒されてただこちらを見ていた。それを一度だけ視界にいれてからグッと拳を握った。
(・・・好き勝手言ってくれる)