「仙道はやめとけよ」
「仙道はやめとけよ」
未だに裏門の近くで足止めされていると、さっきまでの威勢のよさを潜めて絞り出すように呟いた元彼。
「どうして・・・そこで仙道くんがでてくる、の」
動揺を悟られないように、平静を装う。どうして皆その名前を口にするのかな。どうして、私にその名前を聞かせるのだろう。私が求めた訳じゃ無いのに。
目の前の彼は、私を諭すように続けた。
「あいつ、今は俺の彼女に手出そうとしてるんだぜ?もうお前のこと好きじゃねえんだよ。結局、他人のもんに興味あるだけだ」
「・・・そうかもね。だから?」
「ちょっと良い顔されてたからってお前が仙道に相手にされる事なんてねえよ!気付けよ!」
彼の言うことなんて、真に受けるだけ無駄だ。何をどう聞かされたって元彼とやり直すつもりなんて毛頭無いし、仙道くんが誰に興味を持ってたって私にはもう関係の無いこと。昔みたいに気軽に話したりも出来ないんだから。
なのに、それなのに。私の胸の奥底がズキズキと痛んで止まないのは、いったい何なんだろう。このやりきれない思いは。
「何でっ・・・あんたにそんなこと言われなくちゃ」
いけないの?って続けるつもりだった。知らない間に溜まった涙が決して大きくない私の目から溢れようとしていたその時、私の名を呼んだのは。
「名前ちゃん」
いつもそうだ。いつもそうやって、彼は私の意識を惹きつける。低くて優しい声で私の名前を呼ぶ。
「・・・仙道、くん」
「邪魔したかな?・・・泣いてるように見えたんだけど」
ランニングの途中だったのか額にうっすらと汗を浮かべる仙道くんは、私たち二人を見比べて、それから元彼をじっと見下ろした。突然登場した仙道くんを、苦虫を噛みつぶしたような顔で睨みつける元彼。私の涙は驚きで引っこんでいた。
「お前には関係ないっつの。さっさと行けよ」
「そうだとしても、名前ちゃんが困ってるし」
「・・・仙道、お前、まじでウザい」
「あはは。ウザいなんて初めて言われた」
まるで他人事のようにその光景を見ていた私。こんなに淡々と喋る仙道くんは、初めてだった。
二人の言い合いを止めなくちゃいけないと思う気持ちと、彼の声を久しぶりに聞いて安堵した気持ちとが、私の中でごちゃ混ぜになって、喉元へせり上がってくる。なんとも言えない心地だった。
「名前、さっきの考えとけよ」
何やら仙道くんと口論していた元彼はとうとう痺れを切らし、捨て台詞を残して立ち去った。裏門からその姿が見えなくなるまで呆然としていた私が口を開く前に、今度は仙道くんが背を向けてしまった。
か細い声で名前を呼んだ私に「練習中だから行くね」と言った彼の表情は分からないまま。
(・・・目も合わせてくれない)
やきもきする気持ちが胸いっぱいに広がり、そうして残ったのは仙道くんに焦がれる私自身だった。