「・・・頼もしいよ」
近頃はあまり体調が優れなくて、お腹を壊す事が多かった。自分ではそうじゃ無いと思いたくてもきっと原因はストレスなんだろうなあと考えて、深くため息を吐いた。
「・・・うわぁ」
女子トイレの洗面台にある鏡で、少し痩せた自分の顔を見つめる。あまり健康的には見えない。目の下には薄っすらとクマがあったし、肌も少しカサついている気がした。なにより、顔色が悪い。
良くないことだらけだと心の中だけで呟いて、女子トイレを後にした。
昼休みになると、学校はどこもかしこも喧騒に包まれる。それは廊下にも響いていて、飲み物を買いに歩いていた私の耳にも様々な音が聞こえてきた。
そして、すぐ側で立ち止まった足音に顔を上げる。
「どうも」
その人物を見て、一瞬目を見開いた。
驚くのも無理はない。なんせ、絶対に話すことなど無いだろうと思っていた女の子だったから。そう、噂のあの子だ。
(・・・なんで?)
元彼の彼女が私に何の用だと眉を顰める。一言も発さずに相手を見つめていると、不意に微笑みを返された。そして彼女は、綺麗に巻いた髪を指先で遊ばせながら口を開く。
「なんか、ごめんね?私のせいで良くない噂が流れてるんでしょ?」
その言葉には全く悪びれた様子が見られなかった。こてん、と首を傾げる仕草が少しあざとく見えるのは、私が彼女を好いていないからだろうか。
目を細めた私はどう言ったら良いのかと働かない頭の中で思案する。別に私は、私の今の状況が彼女のせいだなんて思ってるワケでは無かったので、正直謝られても困るだけだ。
だから、なるべく当たり障りのないように「気にしてないよ」と返した。確かに彼女を責めるつもりは毛頭無いが、あまり関わりたく無いというのが本音だった。さっさとここを離れよう。そう思って一歩を踏み出した。
「・・・仙道くんとも気まずくさせちゃったみたいでホント、申し訳なく思ってるんだよ」
背中に放たれた言葉が、私の足をピタリと止める。でも振り返ることは出来なかった。後ろから来た誰かにぐい、と手を掴まれたから。その人物は私を追い越すとそのままずんずんと前を歩いていくので、それに従うしかなかった。
「・・・びっくりしたぁ」
「名前!なに呑気なこと言ってんの!」
最初の目的だった自販機の前までくると、そっと手を解放された。腕を組んで眉を寄せる親友は、「こっちの方が吃驚したんだからっ」と息巻いている。
「聞いてたの?」
「聞こえたの!それより、なにあの嫌味な女は!?」
自分のことのように怒ってくれる親友を、まあまあと落ち着かせる。何はともあれ、あの場から無理やりにでも離してくれた親友にはとても感謝した。
「今度名前に話しかけて来ようものなら、横っ面を張ってやるから」
「・・・頼もしいよ」
私のためを思ってくれていることを知っているから、親友が物騒なことを考えていても曖昧に笑うしかなかった。
(結局のところ、あの子は何を言いたかったんだろう・・・)
飲み物を買って教室に帰ってからもずっと、お腹の底からほんのちょっとずつせり上がってくる言いようのない気持ちに、心中穏やかではいられなかった。