※バレンタイン



陽当たりの良いダイニングキッチンに、朱色のエプロンがくるくると踊る
休日のぬくもりに包まれた部屋には甘い匂いが充満していた
テーブルに肘をついてあっちこっち動く銀色と茶色の頭を追っているうちに、少しだけ眠くなる
我慢できずにあくびをしたら、タイミングよく銀髪がこちらに振り返った


「お前眠いなら家で寝てればいいだろ」
「ばかめ古市。味見係がいなけりゃバレンタインは始まらねーぞ」
「一年に一度しか出番ないそんな係、いったいどこにあるんだ」


呆れたように呟きながらも古市の動かしている手は止まらない
隣にいる茶髪の子供…もといほのかができた、と小さく歓喜の声を上げた


「お兄ちゃんトリュフできたよ」
「おう。じゃあケーキ切っとくからラッピングする袋買ってきな」


なにやら大きな型に入ったチョコレート色のケーキから美味しそうな湯気が立ち上っている
ほのかははーいと返事をした後財布を持って玄関へ消えて行った


「そのケーキ、お前が作ったのか?」
「あぁまぁ…うん。母さん仕事でいねーしほのかほとんどオーブン使った事ないから、かわりだけどな」


今は簡単にこんなのも作れんだなと言う古市の手には、良い香りがするチョコレートケーキ
かといって市販で売ってる凝ったものじゃなく、パウンドケーキみたいにふっくらしている
茶色と朱色と銀色が妙なコントラストをかもし出していておかしな気分になった


「お前もあげるのかよ、チョコ」
「バレンタインはふつう女の子が男にチョコあげるだろ」
「CMで聞くじゃねーか、逆チョコとか」
「あぁ確かに。じゃあヒルダさんや邦枝先輩たちにでもあげようかな」


またくだらない妄想をしているのか、微妙に頬が色付いてる
なんとなくそれがむかついて綺麗に切り分けられたケーキの一片に手を伸ばした


「あッ!!こら男鹿お前…!」
「お前にしてはうめーんじゃねーの」


指先に付いた残りを舐めとりながら言えば、険しかった顔が少しだけ緩んだ


「あ、あたり前だっつーの。家庭的な男ってもてるからな今は」


腕を組んで得意気に言う古市を尻目にもう一つと手を伸ばす
だがしかしそれは白い手をところどころチョコで汚した手によって阻まれる


「味見係は必要ねーって言ってんだろ」
「今は味覚を確認したんだ。食感も確認せねば」


再度手を伸ばしたがまたもや白い手に叩かれる
なんでだよ、と視線を向ければ古市はチョコレートケーキを素早く背後に隠した


「お前にあげるくらいだったら自分で食べた方がマシだ」


そう吐き捨てて自分が作ったケーキを一片口に放り込む
よく噛んで最後に唇をペロッと舐めた古市が、ざまぁみろと勝ち誇ったように薄く笑った
あ、いまのキたかも…


「甘党星人に俺の愛情ケーキ食べ尽くされてたまるか」
「……じゃあ代わりに食わせろよ」


なにを、と呟いた古市の言葉が終わらないうちに、俺はその唇を自分のそれで塞いだ
びっくりして目を見開いた古市に構わず、薄く開いた隙間から舌をねじ込んで口内を好き放題弄ぶ
抵抗する身体をシンクに抑えつけ、チョコにまみれた手を取ってそれにも舌を這わせた


「甘ぇな…」
「あたり、まえだろ…っ」


完全に息が上がった古市に睨み付けられるが、頬を染めて涙目で上目遣いされたって逆効果だと言うのに、こいつはまるで気が付いていない
無自覚ってのも考えものだな
こんなんだからところ構わず悪い虫が引っ付いてくるんだ


「お前の分のケーキ、全部寄越せ」
「やだ」
「じゃあ変わりに今この場でお前を食ってやろうか?」


悪戯っぽく指先を軽く噛んでやれば、おもしろい位に腕の中の身体が跳ねる
どうしようもなくなった古市が卑怯だと呟く
だがそれは無自覚過ぎるお前がいけないんだ
俺が時々強引にならなきゃすぐにでもこいつは誰かの手に墜ちるだろうと、嫌でも容易に想像できる
だからむしろ感謝して欲しいくらいなのだが


「諦めろ古市」


うるさい反論を聞く前に唇を塞ぐ
あのケーキもうまかったがやっぱりお前が一番うまい、なんて言ったらぶっ飛ばされそうだから言わないでおく

さぁホワイトデーのお返しはなににしようか





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