「バイト…ですか」


教室に入るなり満面の笑みを浮かべた夏目さんから持ち掛けられたバイトの話
そーいえばこの人ドラッグストアでバイトしてたな、なんていつか見たエプロン姿を思い出す


「うん。同じバイトの子がさ、親の体調が悪くなったとかで実家に帰っちゃってるんだよね。その間の一週間変わりに来てくれないかな?」


シフトは俺と同じに組んでおいたし大丈夫だよ、と微笑む夏目さんを前にして断る事も出来ず、俺は首を縦に振っていた
まぁ特に忙しい訳でもないし(男鹿関連でトラブルに巻き込まれる事も多々あるが)お金も稼げるなら得だろう
そんな軽い気持ちで俺は一週間、夏目さんと一緒に働く事になった










「古市君のみ込みが早いね、さすが」
「ありがとうございます」


バイトは想像以上に楽しかった
正社員の人たちは年は離れてたけどみな人が良くてすぐに仕事場にも慣れた
接客も笑顔を心がけていたせいかお客にも受けが良く、店長さんにもこのまま正式に働いて貰いたいくらいだよと絶賛までされるオチだ
ただ、それもこれも夏目さんが仕事のやり方を丁寧に教えてくれたり、何気ない事だけど重要なポイントを指摘してくれたお陰だったりする
前から思ってたけどこの人は本当に器用だ
脳ある鷹は爪を隠すということわざは、夏目さんのためにあるのではないかと思う


「古市くん、棚卸し手伝ってもらえる?」
「あ、はい」


夏目さんを追って少し薄暗い倉庫へと入って行く
なんどか訪れたことはあったが改めて見渡すと凄いダンボールの量だった
それから二人で手分けして一つずつダンボールを下ろして商品の在庫や種類をチェックする
普段なれないせいか腰と足がおもりを吊り下げたみたいに重く感じた
ただ飄々とこなす夏目さんの姿を見てなんとか山積みのダンボールを崩していく
あと残っているのは少し高めの位置に置いてあるやつだけだ
痛むふくらはぎに鞭打って踵を上げる
つりそうになるくらい手を伸ばしたけどほんの数センチ、ダンボールまで届かなかった
その時、背後からすらりとした腕が伸びて、俺の変わりにダンボールを掴んだ


「あ、」
「よっこいせっと。これで最後だね」


振り向けば息がかかるほど近くに夏目さんが立っていた
俺も身長は低くないけど長身の夏目さんは俺より頭一つぶん高いから自然と視線が上がってしまう
なにより至近距離にいるためリアルに身長差を感じて、同じ男として不服な気持ちに陥る
念を押すようだけど俺だって決して身長は低くない


「あ、もしかして身長差気にした?」
「そ、そんなことありません!」


今まさに思っていたことを鋭く指摘されて思わず声が裏返ってしまった
絶対バレた
恥ずかしさと気まずさに挟まれて逃げ出したい気持ちになる
だけどそんな俺の感情とは裏腹に、目の前に立ってる夏目さんの体制はそのままだった
俺といえば棚と夏目さんに挟まれて動けないというなんとも情けない状況だ


「天然って怖いなー」
「え?」


思わず、というふうに溢した夏目さんの台詞にそらしていた視線を向けた
薄暗い倉庫の明かりはただぼんやりとその輪郭を照らしていて表情まではっきりと伺えない
だけどなぜかその輪郭がどんどん大きく広がってきて、

唇に柔らかい感触がした


「ん…ッ!?」
「前から思ってたけど、ここまで無防備だとねー」


つい手出したくなるよね
唇を離した夏目さんはいつもと変わらず笑いながら言う
なにが楽しいのか分からないが、いま夏目さんにされた事を思い出して自分の顔が火照っているのを感じた
そのままなにもアクションを起こせずその場に凍りつく
脳内キャパシティが臨界点をぶち抜いて身体が追いついてこなかった


「男鹿ちゃんが必死になって守ってきたみたいだけど、俺にもチャンスはありそうだね」


そう耳元で囁かれて思わず肩が跳ねる
そして夏目さんはそれはもう艶やかに微笑んで倉庫から出ていった
今までどうやっても動かせなかった身体にようやく自由が戻る
ほっと大きく息を吐いてはじめて自分が緊張していた事に気が付いた

これが俗に言う宣戦布告ってやつなのだろうか
男相手というだけでも十分あれなのに、夏目さんとなると勝てる気がしなくて思わず頭を抱える
むしろ翻弄される自信を感じて項垂れた
とにかく今は、夏目さんと同じレジにつかなきゃいけない
神様はどんな状況でも容赦はしないのだ
小さくひとつ深呼吸をして、荒れ狂う心境のまま俺は眩しい店内へ足を踏み出した



バイト終了まで、あと3日




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