かじかむ手に100円玉を握りしめいざ自販機へと向かった足は、早々に引き返せざるを得なくなった
お目当ての飲料水もといクリーミーな缶コーヒーのその部分だけ、赤く点灯する売り切れの文字


「げ、最悪」
「これだけ売り切れてんな」


他の買わないのか、という男鹿の問いかけに首を横にふった
これ以外のジュース買うんだったら肉まん買うと答えたら、お前また尻の肉付くぞと言われたので遠慮なく肘鉄を入れてやった
きれいに鼻に入り寒い床にのたうち回る男鹿をさらに冷たい視線で見つめる


「お、古市くんやん」
「出馬さん…?」


声のした方へ振り返れば、長身にグレーのコートを纏った出馬さんが立っていた
校舎内には俺たちだけだと思っていた手前少しばかり驚く
さしずめ生徒会の仕事で遅くなったのだろう
予想はいくらでもついた


「なんで男鹿くん転がってるん?」
「あはは、小銭でも落としたんじゃないんですかね」


すかさず男鹿に睨み付けられたが自業自得だろと臆することなく睨み返す
出馬さんはふーんと意味深な笑みを溢した
前から思っていたが、この人はなにを考えてるのか皆目見当も付かない
その為俺は少なからずこの人が苦手だった


「せや男鹿くん、久也が一緒に帰りたがってたで」
「ちゃんと断ったぞ俺は」
「そない連れないこと言わんといてな。久也やて好意で言っとるのにそれを足蹴にするんかいな?」


出馬さんのその言葉に僅かに男鹿の表情が強張った
ちらりとこちらに視線を向けられて小さくため息をつく
全く、そういう事に関しては本当に疎いやつだから仕方がない


「俺はいいから、あいつと帰ってやれ」
「古市…」
「誤解も解けたんだし、せめて一回ぐらいはあいつの言うこと聞いてやれよ」


俺たちだってあいつのためだとはいえあいつに恨まれてもおかしくない事をしたんだ
それでも正面から向かってきて最終的に全部受け入れたあいつは本当に強くなったんだ
男鹿が背中を預けられるくらいに


「分かった」


相変わらずぶっきらぼうに答えると寒い廊下を先ほどとは逆方向へ進んでいった
なんとなくその後ろ姿が角に消えるまで見送る
完全に男鹿の姿が見えなくなってから、そこに出馬さんがいたことを思い出してはっとする


「なんや、案外素直やね」
「そう見えますか」
「少なくとも男鹿くんはな」


あぁやっぱりこの人苦手だ
それが顔に出ていたのだろうか、出馬さんは小さく笑うと堪忍なと左手を出した
そこには売り切れランプが灯っている缶コーヒー
プルトップは開いていたが、その口からは暖かな湯気が立ち上っていた


「これが最後の一つやったみたいやな」


飲む?と差し出された缶コーヒーは丁重にお断りした
出馬さんはまた一つ笑ってからそれを一気に飲み干しゴミ箱へ捨てた


「いやごめんな。古市くんの態度が意外やったもんやから」
「意外もなにも俺はいつもと同じでしたけど」
「僕には大切な玩具を弟に取られたお兄ちゃんみたいに見えたんやけど」


頭一つ分上にある出馬さんの顔を見続けるのは疲れる
それを口実に俺は視線を反らして昇降口の方へ踵を向けた


「堪忍な。肉まん奢るから許してな」
「じゃあ二つでお願いします」


後ろにいる出馬さんが少しだけ驚いた様な気配がした
振り返って今日一番の笑顔を顔に張り付けて微笑む


「やっぱり取り返しに行ってきます」


かなわんなぁという出馬さんの声は、聞かなかった事にした




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