バレーボール騒動もなんとか収まり、ここ数日平穏が続いていたある爽やかな冬晴れの日
いつも通りベル坊の夜泣きでくたくたな男鹿を迎えに行き、なにかと問題の多い教室の扉を開けた


「あれ、人少なっ」
「邦枝たちは遠征だとよ。東条たちはまたそこらへんぶらついてるんだろ」


携帯を弄りながら呟く姫川の言葉に一人納得する
城山は入院中で夏目さんはバイトに行ったということで、教室内には驚くほど人が少なかった


「てかなんで今日に限ってヒルダさんがいないんだ」
「知るかよ。なんかトラブルがあったらしくて朝からどっか行ったってアネキが言ってた」


これでまた華やかさゼロの生活に元通りなんだと思うと頭が痛かった
隣にいる神崎がおめでたいやつだなと呆れながら呟いていたが、そんな台詞やすやすと通過して行った

やることもないので仕方なく教科書を開く
数学の公式を必死で追えば、憂鬱な気分が少しは晴れた気がした

めずらしく集中してたせいか、足元で蠢く物体に気付くことができなかった



















「魔界の魔物が人間界にだと…?」


朝一番から受けた焦るラミアからの報告に、ヒルダは眉をしかめた
直ぐに通信機で古市宅に住むアランドロンへと連絡を取る


『その魔物は時空の狭間に入ることができるので中々見付からないんです…』
「ふむ、闇雲に捜すしかないということか」
『ただ、その魔物はある人物を好んで襲うらしいです』
「ある人物…?」


ラミアからの報告を受けてヒルダはうっすらと口角を上げた
この情報が正しければ案外見付けるのは容易いかもしれない
ラミアに大丈夫だからこっちは任せておけと言った後、ヒルダはアランドロンに向かって呟いた


「学校へ行くぞ」












「うわああああなんだよこれッ!?」
「知るかよクソッ、放せこのヤローッ!」


突然足元から現れた植物の蔓みたいのに全身を瞬く間に拘束された
捕まったのは俺だけじゃなくて隣にいた神崎も同様で、二人でめちゃくちゃに暴れまわるが、拘束が緩む気配はない
それよりか暴れれば暴れるほど蔓は俺たちの身体を高く持ち上げ、すぐそこにはもう天井があった


「おい、なんだよこれ…」
「知るかよ。この軟体植物め古市を放しやがれッ!」

下で男鹿が植物に向かって拳を振るったが、その柔らかい身体にあえなく跳ね返されていた
しばらく姫川と二人で葛藤してた様子だったが、植物はびくともしない


「使えねー!マジ使えねー!」
「神崎あとで覚えてろよコラ」
「どうでもいいから早く下ろしてくれーッ!」


なんだか植物の間からおかしな物体が見えるんですけど
巨大なハエ取り草みたいなやつが口あけてこっち来てるんですけど
え、これって絶体絶命じゃね?


「はやりここにいたか」


窓からスタ、と黒いスカートが見えた
華麗に登場したヒルダさんは蠢く軟体植物をみてフンと鼻を鳴らす
ふと見ればアランドロンも側にいる


「ヒルダさんやっぱりってこの植物のことなにか知ってるんですかッ!?」
「あぁ、そいつは魔界からなんらかの形でこっちにきてしまった植物型の魔物だ。名前はファミリックチキナーガ、略してファミチキだ」


なんですかファミチキって!ふざけてんですか!!という言葉が喉まででかかったが、なんとか抑えた
どうやらヒルダさんはこいつを探していたらしい
だったらこいつから逃げる方法も知ってるはずだ


「ついでにそいつの好物は、どうしようもないくらいアホな人間だ」


捜す手間が省けて助かったと微笑むヒルダさんに神崎がギャンギャンと喚く
気持ちは凄い分かる
だがどうして同じアホの男鹿は平気なのかが一番頭にきた


「そんなことよりオガヨメ!早くこいつを剥がしやがれ!」


気が付いたら巨大ハエ取り草は目前まで迫っていた
無数に生える長い歯も一本一本見える


「そいつを抑える方法がひとつだけある」


ヒルダさんはそう呟くと男鹿たちの方に向かって身体を向けた


「あの魔物は元々温厚でな、人の恋愛感情に触れると特におとなしくなる。だからあの植物に向かって愛してると連呼をすればあいつらを放すだろう」


サラッと凄いことを言ったヒルダさんは椅子に座り優雅に足を組む
なるほど、人事は尽くしたということですか


「ただし気持ちの込もってない言葉は意味がない。それぞれの相手に言うのと同じ要領でファミチキに愛の言葉をぶつけるのだ」


それって物凄い恥ずかしいことなんじゃ…と思っていたが、下にいる男鹿が息を大きく吸い込んだのが分かりはっとする


「(古市が)好きだーッ!マジで誰にも渡したくねーし触らせたくもないくらいに愛してるぞ!」
「な…ッ!」
「(神崎を)愛してるぞ!いつも嫌だ嫌だ言ってるけど本当は嫌じゃないってことくらい、バレバレなんだからな!」
「く…ッ」


こっ恥ずかしい台詞を次々と言い放つ二人にだんだんと拘束が緩んできたが、それ以上に顔面が熱くて爆発しそうだ
隣の神崎も真っ赤になっている
やっぱりアホはあいつらなんじゃないかと頭が痛くなった


「貴様らもなにか言い返さないと、いつまでも経っても解放されないぞ」


明らかにこの状況を楽しんでいるヒルダさんの表情
ただでさえ恥ずかしくて死にそうなのに、こっちまで言わなきゃいけないんですかッ!?
だけど巨大ハエ取り草は今すぐにでも俺たちを飲み込もうと言わんばかりに大口を開いている
同じく隣で真っ赤になっている神崎に視線を向ければ、凄く不服そうに頷いた


「お、俺だって好きだクソヤロー」
「おれも、なんだかんだ言って頼りにしてるし…誰にも渡したくねーよ」


なるべく小声で言ったつもりだったが下の二人にはばっちり聞こえたようで、意地の悪い笑みを浮かべていた

これからの展開を考えると大人しく食べられていた方がよかったかもしれないと、今更ながら後悔した
















その後俺たちを無事解放したファミチキは、アランドロンによって魔界に転送された


「まぁこの注射をすればすぐに大人しくなったのだがな」


あの方法の方がおもしろいと思ったのでなと不敵に呟くヒルダさんに、俺はもちろん男鹿でさえも一生敵わないだろうと痛感した




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