あいつの周りにはいつも柔らかくてふわふわした、それでいて決して他人を近付けさせないものがあった
それを世間はオーラだとか何だとか言うんだろうが、俺はいまいちしっくりこない
それはたぶんあいつの根っこのとこから出てるもので、そんな雰囲気をひっくるめてあいつはあいつなんだ
でもそれがあいつの全てを守ってくれてると思い込んでいたのは、単なる俺のエゴだ
その証拠に河川敷に佇む夏目の後ろ姿は迷子になった女の子のそれみたいに酷く心細そうで儚くて悲しい
大粒の雨が叩き付ける地面に木のように立ち竦む
乾いた大木でもないのに傘もささず静かに世界に溶け込んでいた

「……夏目」

堪らなくなって重い口を開ける
一度目に紡いだその名前は酷く掠れていて雨の音にかき消された
二度目に発したあいつの名は聞こえたか不確かだったが、ゆっくりセミロングの髪から雨粒を滴らせながら夏目が振り向いたから少しだけ安心した

「…どうしたの神崎君。こんなとこで」

それは俺の台詞だろ
だがそんな思考は言葉になってはくれなかった
なぜなら振り向いた夏目の瞳が曇天の空模様より暗く濁っていたのだ
俺を見つめる光の当たらないビー玉ような瞳に背筋が粟立つ
そして何より冷たくなった夏目の腕にはそれより遥かに冷たく固くなった小さな子犬が抱かれていた
その縺れた毛並みを優しく手櫛で整えている夏目の表情は確かに弔いを込めて微笑んでいるはずなのに絶望に満ちている

「俺もこんなふうに、死ぬのかな」

その言葉を聞いた瞬間、持っていた傘を放ってこいつの顔をぶん殴ってやろうと思った
そう、思った
そんなこと言うんじゃねー、そんなこと俺が絶対にさせねー、と言えなかったのは、全部を知らなすぎてこの世界の定義に情けなく怯える弱い俺がいたからだ
俺はこんな一人の人間を悲しい世界から守れることも出来ない、あまりにもちっぽけな存在だった

だけどお前の悲しみも苦しみもその失った小さな生命も丸ごと抱き締めて、止まない雨などないんだと、世界は残酷だけどそれ以上に素晴らしいのだと胸を張って言える日が、きっと来る
無理して笑う事に疲れたら、その時は俺にもたれかかって情けなく泣けばいい
恐ろしいものがあるなら素直に怖いと言って俺の後ろで隠れてればいい
幼子が母乳をせがむことになんら罪がないのと一緒で、お前にだって幸せになる権利があるんだから

泣きそうに悲しく微笑む夏目を抱きしめてやれるほど俺は逞しくないけれど、傘をさしてやることは出来る
黒い折りたたみ傘は男二人が入るにはあまりにも小さすぎるが、今はこれで充分だ
お前がいつか雨上がりの虹を見たいと思ったなら、世界の綺麗な部分を知りたいと思ったなら

太陽はきっと、すぐそこだ




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