たくさん泣いて疲れて眠れると思ったのに、期待を裏切って眠気は全くといって言いほど来なかった
それでも気持ちはすっきりとしてて、それなのに何かが足りなくて

すっかり夜目の効いた目で天井を見上げる
カーテンの隙間から僅かに溢れる月明かりが、しみ一つないまっさらな天井に歪な模様を描く
時折家の前を通る車のエンジン音を頭の片隅で聞きながら、もう何度目か分からないがまたゆっくりと瞳を閉じた

「……はぁ」

一分も経たないうちに瞼を上げる
あの奇妙な上映会は不思議な事に見ることはなくなったけど、何故か眠れない

……ほんとに何かの病気なのかな、おれ

そう考えたら猛烈に不安になってすぐさま枕元に置いてあったケータイを手にとる
カチカチと数回動かせば、発信履歴着信履歴共にトップに座る幼なじみのすっかり見慣れた番号
右上のデジタル時計は2時37分を指していた

「…起きてるわけ、ねーよな」

誰に言うこともなく一人そう呟いて、それでも眩しい画面から目を離せないでいた丁度その時、まさしくその人物から着信を知らせるバイブが鳴った
あまりにもびっくりしたので、どうしてとか疑問を持つ前に光の早さで通話ボタンを押していた

「おっ、男鹿!?」
『おー古市。やっぱ起きてたのかお前』
「……それより何の用だよこんな時間に」

眠れないでいることを一回も話した覚えはなかったのに、やはり気付かれていた事になんとなく悔しくなって刺のある声で呟いた

『漫画読みふけってたんだけど続きが気になってな、借りに来た』
「そんなの朝でいいだろうが」
『無理だ今がいい』

どこのガキ大将だよと若干呆れたが、なんとなく今は男鹿に自分の姿を見せるのが嫌で、適度に流して諦めさせようと思った…んだけど

『てか今お前んちの前にいるから鍵開けろ』

思わずはああッ!?となりふり構わず大声を上げたら、『近所迷惑だから静かにしろ』とマイペース過ぎる声が聞こえて思いっきり落胆した
アホだ、正真正銘のアホだこいつ
大体俺がもし起きてなかったらどうするつもりだったんだよとか、真夜中に人の家いきなり来るとか非常識にも程があるとかグチグチ言ってやったが、寒いから入らせてくれの一言で全て流されてしまった

渋々、本当に仕方なく階段を降りて玄関を開けたら、最近すっかり冷えると言うのに半袖短パン姿の男鹿と、それを凌ぐ真っ裸の赤ん坊が背中で眠っていた
やっぱりこいつら異常だ

しかしそれ以上に俺がせっかくお目当ての漫画を探して来たのにそれを完全無視してベッドに潜り込んだ男鹿の思考の方が異常だった

「なんだよお前!何で寝ようとしてんだよ!漫画は!?続き読みてーんじゃなかったのかよッ!」
「あー…やっぱ朝でいいわ」
「んなの今更納得出来るかボケぇッ!寝るなら家帰れ!それは俺のベッドだ!」
「無理もう限界眠い」
「知るかぁぁッ!」
「……うるせーなー」
「うわッ!?」

突然布団の中から出てきた腕に引っ張られて、俺は頭からベッドへ盛大にダイブした
いわずもがなそれは男鹿の腕な訳であって、起き上がる前に器用に男鹿と一緒に毛布にくるまれて、添い寝する体勢になっていた
びっくりしてベッドから逃げようと身体を引いたが、男鹿の二本の細くてでも力強い腕が俺の腰と頭の後ろに回ってがっちりと固定されてしまう
コンマ数秒のうちに俺は完全に身動きが取れない状況になっていた

「ちょっ、離せよ!」
「お前のベッドならお前も寝ればいいだろ」
「それと今の状況は違うだろッ!ほら離せって!」
「いーからとっとと寝ろよ。つか、力でお前が俺に勝てんの?」

互いの息もかかる程近い距離で男鹿が意地の悪い笑みを浮かべる

「卑怯者め…」
「んなの言われ慣れてるっつーの」

せめてもの抵抗にと反対側を向こうと思ったけど、逆に男鹿に抱き込まれる状況に陥ってしまった
もう本当に身体が動かせない

「あったけーな。古市みたいな抱き枕があったらいいのにな」
「知るか!つかお前冷てーよ、何分外に居たんだ」
「…三十分くらい?」
「馬鹿だろお前」

うるせーな、とまた男鹿の胸に強く抱き込まれてしまう
男鹿の匂いが強すぎて頭がくらくらして今まではっきりしていた思考もどこか靄がかかったみたいだった
やっぱり睡眠はちゃんと取らなきゃいけないな

つむじに男鹿の顎が乗せられたのが分かった
男鹿の吐く息や髪を触る指の感触が髪の毛から伝わってきてくすぐったい気持ちになる

「お前は、ここにいろよ」

ふと優しく呟かれたその声に顔を上げようとしたが、がっちりと拘束された身体はビクともしない
その変わりに聞こえてきたのは規則正しい寝息だった

半ば押し付けられた男鹿の胸からは、心地よく鼓動を放つ男鹿の心臓の音が聞こえる
あったかい
男鹿の身体はまだ俺より冷たいのに、俺のすっかり冷えきった心があたたまる気がした
それと同時に懐かしい波に覆われて、逆らう事なくゆっくりと瞼を閉じた


夢の中で見詰める事しか出来なかった背中は、いま俺の隣にいる


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