そのまま貪るようなキスの嵐に思考が掻き乱される
こんな乱暴な口付けは知らない
ただ言葉を遮る為だけのこんな思いのない口付けなんて知らない

「……やめろ、よ…ッ!」
「………ッ」

口内に広がる鈍い鉄の味
唇の端から紅を流している男鹿の妙な色気に流されそうになるのを抑えて距離を取った

「なんなんだよお前…」
「…悪い」

俯いたままの男鹿の表情は伺えない
踵を返して玄関を出ていこうとする男鹿を止めるに止められず、中途半端に上げた右腕が空を掴んだ

「…なぁ」

振り向かないまま男鹿が立ち止まる
玄関から差し込む太陽の光は残暑の影響で痛い程に鋭い

「たんぽぽの花言葉がなんなのか知らねーけど、やっぱり俺は好きだ」

目を合わせる事もなくただ一言そう呟いて太陽の光が玄関の扉に挟まれて消えた



翌日舌を噛んだのを謝るという口実で男鹿の家へ訪れた
当然アポ無しで押し掛ければ少しだけ様子がおかしいかった
おばさんも美咲さんもどこかそわそわしている

「あ、たかちん辰巳のやつ知らない?」
「知りませんけどどうかしたんですか?」
「どこにもいないのよ。机に変な置き手紙置いたまま急に姿眩まして…ヒルダちゃんたちも一週間ほど見なかったし…あ、たかちん!」

その言葉を聞いて全速力で二階の突き当たりにある男鹿の部屋へと駆け込む
一週間前といったらアランドロンもその頃から姿が見えなかった
美咲さんの証言で昨日の男鹿の言葉が嘘だという事を知り、胸騒ぎを覚え震える手でドアノブを回した

部屋にはいつもと変わらず漫画や趣味の悪いTシャツが床を覆っていた
ベッドもシーツは乱れきっていて男鹿の温もりが今にも伝わってきそうで
何回も二人で過ごしたこの部屋は変わってないはずなのに、机に置かれた手紙だけが現実味のない言葉を記していた

『ごめんな』

乱雑でどこか優しさのある男鹿の力強い字体
ただ一言書かれた謝罪の言葉が何を物語っているのかなんて考えたくない

ふと窓から差し込んでくる太陽の光を反射するそれを視界の隅で捉えた
小さく掌にすっぽり収まるのは黄色い一輪の蒲公英

紙に絶え間無く落ちる涙を拭ってくれる人はいない
筆圧の強い男鹿の字が濡れていくのをぼやける視界の中でぼんやりと見ていた
この手紙とたんぽぽ以外何一つ変わっていない部屋は主が直ぐにでも帰って来そうな気がしてならない
だってベッドのシーツに鼻を寄せれば安心出来る匂いが身体を包んでくれて、テーブルには二人で飲んだジュースの残りがまだコップにあって、ふざけ半分で男二人で撮ったプリクラは部屋の鏡に貼ってあって
男鹿が、俺たちが一緒にいた事を写しているから

いつもみたいに喧嘩してボロボロになって帰ってくるのかと思ってた
でも一日、三日、一週間、一ヶ月経っても男鹿は帰ってこなかった


鞄の中には丁寧に仕舞われている涙で滲んで見にくくなった男鹿の手紙と蒲公英
男鹿が強いと言ったこの花は綿毛になるまえに枯れて茶色く変色しかかっている
ほら、例えアスファルトを押し退けて根を張っても踏まれればそこらの雑草と同じで弱くて脆いんだ
こんなにも儚い花は見たことがない

強い生命力を持つたんぽぽに憧れていた
あいつが好きだと言ったこの花が好きだった
それと同時に幸福と絶望を併せ持つこの花が嫌いだった
散る様が美しくても所詮花が枯れるのには変わりがないから

靴底に黄色い花弁を咲かせながら俺はまた足を踏み出す


ひとり靴音を鳴らながら











【蒲公英(dandelion)】
キク科タンポポ属

【花言葉】
希望 愛 神託 別離



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