※男鹿誕



昔から平日と休日にどこか空気の違いがあるのを感じていてずっと不思議に思っていた
例えば土曜日授業があった日なんか窓から入ってくる太陽の日差しがなんとなく淡くそれでいて鋭くて通学途中に見かける人たちの顔はどこか晴れやかで清々しい
こんな日は憂鬱な授業も少しだけ楽しく感じられた

俺には平日の雨の記憶があっても休日のそれはなかった
俺の中で休日はいつも晴れていた
みんなが喜ぶ休みの日はいつも浮き足立った空気で満ちていた

「パラレルワールドって知ってるか?」

そんな夏休み最終日
存在自体すっかり忘れていた読書感想文を終わらそうと図書館で適当な本を引っ張ってきた
薄い本の表紙は黒を基調としたどこか芸術性溢れるもので自然と目に付いて開いて見ればそれはまるで夢物語のような話だった

「あ?パラソルワールド?」
「パラレルだアホ。ある世界から分岐しそれに並行して存在する別の世界、だってさ」

パラパラとページを捲りつつとりあえず概要は把握しておくことにする
男鹿は一から宿題を全部ひっくり返して黙々と俺のを写している最中だ
8月31日というなんとも都合の良すぎる日に生まれやがったこいつは堂々と誕生日という口実を毎年使うものだからもうこれは一種の儀式に転化していた

「つまり……どういうことだ?」
「あれだろ、要するに俺たちが存在しているこの世界と同じ世界があるってことだろ」

話が抽象的過ぎていまいちピンと来なかったがつまりは宇宙云々の話だろう
ざっと目を通せばタイムトラベルとの関連だとか科学的に根拠に基づいて考えるとパラレルワールドは実在するだとか興味を引かない見出しばかり
しかし最後の方にあった一文に惹かれて目を止めた

「なんだかドラ○もんみたいな話だな」

そんな事を言いつつ男鹿は暢気にショートケーキを頬張っている
おま、それ俺の分だろと反論虚しく光の速さでそれは男鹿の胃の中に収められた

「お前はパラレルワールドが実在すると思うか?」
「知るかよそんなこと」
「要するに俺らと全く同じのもう一人の男鹿と俺がこの世界と同じだけど別の世界に存在しているかってこと」
「……よくわかんねーけどその世界の俺とお前もこーして宿題やってたりすんのか?」
「さぁな。そもそも出会ってないかもしれないし」

じゃあ、と男鹿は最後の苺を頬張ってから口を開く

「存在しないと思うな。古市とつるんでない俺なんて想像できん」

あまりにも恥じらいもなくきっぱりと言うものだから一瞬面を食らってしまった
数秒間を置いて思わず吹き出す

「俺も想像できねーわそれ」

今頃別の世界にいる俺は今日がこいつの誕生日だと言うことを知らずに平穏な生活を送っているのだろう
ただ繰り返される毎日に平和だと思いつつも退屈しながら

16年前の今日、男鹿がこの時代のこの世界に生まれて少し経ってから俺が生まれてそして後に腐れ縁という呼ばれる仲になったのは決して当たり前の事なんかじゃない
ましてや運命だなんてそんなロマンチストな思考は生憎野郎相手には持ち合わせていない
ただ一つだけ言えるのは男鹿は今俺の隣にいて俺も男鹿の隣に居るってこと

口の端に付いた生クリームを口実に課題とにらめっこしている男鹿にそっと近付いた
甘いそれを舐めてやるのと同時に悪戯っぽくわざと唇を掠めてやれば驚いた男鹿の顔がみるみる内にいやらしい顔付きになって行くのが手に取るように分かった

派手な音をたててフローリングに打ち付けられた背中の痛みだとかまだ終わってない課題の事だとかは頭の隅に追いやって今は大人しくこの唇の温度だけを感じることにする
男鹿がこの時代この世界に生まれてきてくれたこと、俺と出会ってくれたこと、いま男鹿の熱を感じられること、全てに感謝を込めて










窓から吹き込んできた風に開いたままの本のページが踊る
名も知らない作者のあとがきの注意しなければ見落としてしまいそうなところにひっそりと書かれた一文
それはこの本で俺が唯一惹かれた言葉だった


『何よりもいま貴方の隣に居る人と出逢えた事実が一番の奇跡なのです』




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