小学三年生の女の子が首吊り自殺したというニュースがお昼近い朝のテレビで流れた
なんでどうしてと騒ぎ立てるマスコミといじめの存在を否定する学校側の会見が寝ぼけた頭に響いて不快だった

自殺した原因を追求するより自殺まで追い込まれた少女の心情を何故誰も気付かなかったのだろうかと疑問に思う
自宅マンションのベランダにタオルを吊るしそれに首を通した瞬間少女は一体何を思ったのだろうか

でもきっとこの少女の死もいつかは車にひかれて道端で死んでいる猫と同じように誰にも認識されなくなる
本当に少女の死を悼んでいるのは遺族とその周りのほんの一握りの人物だろう

命は大切にしろと言うがいざその灯火が消えた時「大切にする」と言う概念は遠くの空に消えて行ってしまう
だからこそ命は大切にしろと言うのかもしれない
矛盾の上に立つ概念だってある


運が悪いのかなんなのかいつも通り古市の家に行く途中で車にひかれた猫が死んでいた
ひかれたと言うより跳ねられたのだろうか、比較的外観は綺麗なままを保っている
ぱさついた毛並は真っ白で生きていたら大層艶やかであるに違いなさそうだった

ふと銀髪の子供が泣きじゃくる光景が頭に浮かんだ
それは幻影ではなく過去確かにあったその光景で
この猫とは違い真っ黒な動かない子猫をその小さな腕に抱いて子供は泣いていた
子供の癖に嗚咽を必死に噛み殺してけど溢れ出る感情に堪らず涙を流しながら

それは俺の記憶の中ではじめてみた古市の涙だった


古市は昔から力は弱い癖に泣くことをしなかった
銀髪を罵られても喧嘩に負けてもその大きな瞳はいつも力強い光を放っている
小学生に上がりたての子供が泣いた事がないなど異常ででも俺はそれが古市の強さだと幼い頭でなんとなく理解していた

俺は力があって喧嘩は負けた事はなかったけど怪我したら痛みで涙は浮かぶし姉貴に怒られたらお袋に泣き付いた事だってあった
強いけど人並みに涙を流す俺と弱いけど泣かない古市
今思えば本当に強かったのは古市かもしれない


遊びなれた近所の公園でか細く掠れた鳴き声が聞こえた
近寄ってみるとそこには今にも死んでしまいそうな小さな小さな黒い子猫
すぐに数少ないおこづかいが入った財布を取って近所のスーパーに駆け込んだ

受け皿にあけたミルクに黒猫はおそるおそる口を近付る
二人でじっと見守る中やがて小さな赤い舌が真っ白なミルクをピチャとはねかしたのを見てほっと息をつく
受け皿は瞬く間に空っぽになった

埃やら泥やらで汚れた子猫を洗ってやれば案外綺麗な毛並であることに気が付いた
蒼と翠のオッドアイの瞳を光らせながら黒猫は満足そうに綺麗になった毛並を舐める
抱いてやれば機嫌良くごろごろと喉を鳴らすし近くに生えていた猫じゃらしを見せれば面白いくらい飛び付いてきた
親に反対されて家で子猫を飼うことは出来なかったがそれからもずっと三人で日が暮れるまで遊ぶ日々が続いた


大型の台風が上陸するらしい
テレビでそれを見て真っ先に浮かんだのはあの子猫のこと
古市は小さな妹がいたから俺は親に頼んで台風が去るまで家で飼う許可を貰った

厚くて黒い雲が夏の鋭い日差しを遮っていて外はいつもより涼しかった
雨が降る前に連れていこうと雑草が生い茂る公園に足を踏み入れる
しかしそこにはすでに銀髪の先客が踞っていた

「どうしたんだよ?」
「……ん…じゃった」
「え?」
「ねこ、しんじゃっ…た……」

大切に腕の中で抱きかかえられている子猫のオッドアイは閉じられていて身動ぎ一つしない
おそるおそる身体にそっと触れてみるとあるはずの体温をどうやっても感じる事が出来なかった

病気だった
人に感染するようなものではなかったが生まれた時から衛生面の悪い環境で育った黒猫は少しずつその小さな身体を病魔に蝕まれていた
珍しいオッドアイもそれのせいだった

「ど、して…昨日はげんき、だった…のに……っ」
「泣くな、ゆき」

固く冷たくなった子猫の身体を抱き締めて泣きじゃくる古市を自分も悲しいはずであるのにただ慰める
子猫ごと古市の身体を抱き締めて少しでも失った体温が戻ればいいと願った

「やだよ…いやだよっ、たっちゃん……」

子猫を抱いていない方の手で俺の服を掴み古市は止まる事のない涙を流し続ける
やがてそれに雨が加わっていくのをただ何も出来ずに見ていた


あの日とは違って茹だるような暑さの中とうに体温を失った白い猫をそっと抱き上げる
アスファルトは太陽の熱を吸収して湯気が上がっていた
雨の中あの時作った小さな墓はお世辞にもいい出来ではなかったが二人でありったけの花を摘んで少しでも安らかに眠れるようにと弔った

回りを見渡せばいま咲いてる花は萎れかけて下を向いている向日葵だけでこれもお世辞にも綺麗とは言えない
けどありったけの種子を地面に落として子孫を残そうとするその姿になんとなく惹かれた
向日葵の下の乾いた土を掘りそっと猫の身体をそこに埋める

来年の夏、新たに芽吹く花と共に美しく咲き誇れることを願って


(命が散るさまは強く生きたものほど美しく、そして恐ろしいほどに儚いのだ)



それはまるで泡沫のように



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