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「出馬くんならいないわよ。怪我の後遺症がまだ響いてるみたい」
覗いてみたはいいが、もぬけの殻だった会長室に、代わって入ってきたのは幼なじみ。
「おい静、俺はまだ何にも言ってねーだろ」
「今更何言ってるの。それに会長に用がないのにわざわざ会長室に出向く様な真似、あなたはしないでしょ」
いかにも確信を持っている自信満々な言い方に反論出来ないのは、的を得すぎた答えをぶつけられたからだ。全く、女ってやつは手強い。喧嘩でなら手っ取り早いが、女相手にはそうは行かない。最も、こいつに対しては口でも喧嘩でも勝てる気がしないが。
「チッ…」
「あら、そんな態度取っていいの。私は彼の家の住所も知ってるし、彼が奈良の実家から離れて今は一人暮らしだって言うことも知ってるのに」
そう艶っぽい笑みを浮かべる表情は、そこいらの男を片っ端から悩殺出来る魔性を孕んでいるが、俺に言わせればこんな性質の悪い女はいないと声を大にして言いたい。
「…分かった。あいつの家の住所教えてくれ、静」
***
辿り着いた先は、聖石矢魔から徒歩20分くらいのところにあるこじんまりとしたアパート。古くもなく新しくもなく、ただひっそりと佇んでいる。
二階の一番右端の部屋のインターホンをプッシュする。数瞬遅れてドアを隔てた室内に軽快な音が響いたのが分かったが、部屋の主からの応答はなかった。
「…居留守使う気かよ」
確かに気配はある。人の気配は人一番敏感だから間違いない。どんなにあいつが息を殺したって、このドアの向こうにいることは明確なのだ。
痺れを切らして無意識にドアノブを回したら、意外な事にすんなりと開いてしまったので、勢い余って片足を玄関に突っ込んでしまう。
途端に身体を包む知らない家の匂い。人の匂いは家の匂いと言うが、なるほど。確かにあいつの体臭に似ている気がする。
「住居不法侵入かいな、君は」
「…だったら鍵くらい閉めてろ」
廊下を挟んで真っ正面に広がるリビングから聞こえた声。つか、俺だって分かってたんだったら開けろよ。
少しだけ部屋を見渡せば、学生の一人暮らしにしてはちょっと大きめの1LDK。靴を脱いで構わずズコズコと上がる。
「お前、なんで学校来なかったんだ」
「心配してくれるん?優しいなぁ。せやけど、この姿で行っても騒ぎになるだけやしなぁ」
そう呟いて掲げた両手に絶句した。
まだ包帯の取れない両腕の、手首の先には黒い鉤爪の様な鋭利な凶器が鎮座している。その白い肌から突然広がる異形の黒に、最初はただ鉤爪を取り付けてるだけかと思ったが、思わず握ったその表面が僅かに熱を持っていて、確かにこいつの一部であると言うことを主張している。
「久しぶりに悪魔の力たくさん使うたから、さしずめその反動ってとこやろな。まるで映画のシザーハンズや。この手じゃなんも出来ん」
不便やなぁと両の指を曲げるが、鋭利な爪が邪魔で握る事が出来ない。確かにこれじゃあ料理も洗濯も、トイレだって困難だろう。
「お前、ちゃんと食ってるのか」
唐突に出た言葉は、ストリートで育ったひもじい経験からくる反射だったんだと思う。こいつの心配とかでは断じてない。
「買い置きのパンとかあったからなんとかしとったけど…」
「もう無いんだな」
「………」
無言を肯定と受け取り小さく舌打ちをする。なんだって静もこいつもこんなに可愛くねぇんだ。いや、別に可愛くなくてもいいんだが、少しくらいは素直になった方がいいだろう、色々と。
「その手じゃ冷蔵庫の食材なんか文字通り手付かずなんだろ。そのまま腐らせるのももったいねぇから何か作ってやるよ」
「え、でも…」
「俺も食うからお前は黙って座ってろ」
「いや…その君、料理出来るん?」
こいつは本当に可愛くねぇ奴だと思う。
***
「いやーほんまごめんな。君がこんな料理上手いとは思へんで失礼な事言ってもうた」
「…お前それわざとか」
「え?」
「………もういい」
相手にした俺が馬鹿だった、と気を取り直して目の前の皿洗いに集中する。ご丁寧に食器洗い器まで完備されたキッチンは実に勝手が良かったが、機械に頼るのは元からあまり好きじゃないので洗った皿はきちんと拭いて棚に戻した。
「お前、今日は俺がいたから良いけどな、これからどうすんだよ」
「うーん、どないしようね」
「なんでそんなに楽観的なんだ」
「そない言われても僕、こんなの始めてやからどうする事も出来ないんやもん」
もん、じゃねーよ。もん、じゃ。そんなでかい図体して肩竦めて言っても全然可愛くねぇから。
「あ、良いこと思い付いた!」
「あ、なんだよ」
「僕の手がなおるまで東条くんにお世話して貰ったらええんや。今日みたいに」
「なんでそうなるんだ!俺はお前の家政婦じゃねーんだよ!」
「だって、この手のこと知っとるの君だけやし、僕一人暮らしやから他に頼る人おらへんもん」
だからもん、じゃねーよ。もん、じゃ。
「お前な、俺は生活の為に何個もバイト掛け持ってんだぞ」
「あ、だから料理上手いんやね」
「そうだ。必死に働いてるからな。だから金にもならねぇ事に時間割いてる暇は生憎ねぇんだ。悪いが他あたって…」
「じゃあ、君にメリットがあればいいんやな」
そう言ったこいつの目が思いの外鋭くて思わず気圧されてしまった。異形の両の黒い手と相俟って、その漆黒の髪と瞳がしなやかな黒豹を彷彿させる。
「ええよ、お礼は払ったる……ただし僕の身体で良ければ」
強気な言葉とは裏腹に、その声色がまるで拒まれる事に怯える子供の様で、俺はこいつの要求にかぶりを振る事が出来なかった。
11'1009
邪道と思わせつつお約束の王道展開。もし需要があるなら続き書こうと思うんですがあるの…かな?虎馬増えろ虎馬。