※事後



普段なら汚い言葉で罵り合って子供の喧嘩みたいにじゃれ合って甘い雰囲気なんてこれっぽっちも作らない癖にこと情事となると男鹿は俺を壊れ物の様に扱うから卑怯だ
日頃の俺のちょっとずつ溜まっていた不安なんか全部吹き飛ばすくらいベッドの中で呟く愛の言葉は膨大な量で堪らず赤面すると「可愛い」とかふざけた事言いやがるから毎回本気で消えたくなる
けどこんなにも優しく愛されてこの行為から離れられる訳なんかなくて結局俺も溺れる羽目になるのだからやっぱり男鹿は卑怯だ

火照った身体に纏わりつくシーツが冷たくて心地いい
栗花の匂いが漂う暗い部屋のベッドで気だるい身体を捻ってようやく寝返りをうった
顔の火照りはまだ消えそうにない

「……どうした?」

いつもより低い少しだけ掠れた男鹿の声が鼓膜を震わせて甘い痺れを起こさせる
何でもないと掠れきった声でぶっきらぼうに答えるとぎゅ、とシーツに丸まった
後ろでねっころがっている男鹿がもそ、と動いた気配がして顔の火照りが最高潮にまで達する

情事後のこの一時は嫌いだ
最中と違って戻ってきた理性がどんどん自分を追い詰めて恥ずかしくて死にそうになる
けど男鹿は次の朝まで最中と変わらない態度なので冷静に考えたら頭が破裂しそうになるような事を平気な顔してやってくるから俺の心臓が持たない

今だってほら、不機嫌な俺を宥めようと後頭部に顔を埋めてつむじにキスしやがった
月明かりに反射して光る銀髪をすいていた手が俺の身体に回って来るのを察して全力で止めた
このまま流されて第二ラウンド突入でもしたら今度こそ色んな意味で死んでしまう

ふるいち…と心底残念そうに耳元で呟く男鹿に顔がいよいよ茹でたこになって叫びながら頭を掻きむしりたい衝動に襲われた
なんでこいつはこう、卑怯なんだ

普段なら激しい情事の最中に意識を飛ばして次の朝を迎えるのに今日に限って耐えてしまった自分が憎い
と言うか正確には情事に集中出来なかったのだが

幾ら身体を重ねても慣れない痛みを抑えつけてそれでも貪欲に快楽を拾うようになった身体が憎くも嬉しかった
体内に感じる男鹿の熱にあられもない声が出てしまい恥ずかしくてでも愛しくてごちゃごちゃした思考から零れ落ちたのは涙だった
俺に覆い被さる男鹿が驚いたのが分かってそしたら今度はこいつが泣きそうな表情をするからいよいよ訳が分からなくなった

「愛してるって…言って?」

止まることのない生理的な涙をそっと拭う手が震えていた
突然の発言に彼方に飛んでいた理性が戻ってきて男鹿の言葉を必死に解析する
こいつは今なんと言った?

が、そんな思考は逆らう事の出来ない快感に即刻押し流された
急速に押し上げてくる明らかな絶頂感に堪らず男鹿の背中に爪を立てる
間髪入れずにやってきたその瞬間に視界が真っ白に、爆ぜた


逞しくも心地よい感触の腕に大人しく頭を預けふと考える
自分は浴びるように受けた愛の言葉を一度でもこいつに言ったことが果たしてあっただろうか
けどそんな女々しいことを男鹿が求めてくるなんて予想も出来なかったしむしろ男鹿もそんな柄じゃないはずだ

…いや違う、甘えてたんだ俺は
与えられるのが当たり前だと思っていたから与えることをしなかった
そんなの不安になって当たり前じゃないか、卑怯なのはどっちだ

ぐっ、と眉を寄せてシーツを掴む手に力がこもる
愛してるだなんて軽くて重い言葉、俺には言えないよ
どうせなら何もかも考えられなくなる情事の最中なら勢いに任せて言えたかもしれない
でもそんな思いのない戯言を男鹿が望むはずがない、俺だってそんなこと言いたくない

けど乾ききった男鹿の世界が俺の溢す一滴の雫で潤いを取り戻す事が出来るなら愛してるって言う言葉以上のものをお前に与えたい
今まで何も与える事をしなかった俺だから強くそう思った

ふと見上げた窓の先には綺麗な三日月が燦然と輝いている
全部見透かしたように優しく見下ろす月に俺のこのひねくれてぐちゃぐちゃした思いを男鹿に伝えてほしいと願った

「月が、綺麗だな」

ぽつりと呟いた
こいつは天下一の不良で馬鹿だからきっと夏目漱石なんて知らないだろうし知っててもせいぜい吾輩は猫である程度だろう
案の定少し間を置いて返ってきた返事に苦笑してもう一度噛み締めるように呟く
月が、綺麗だな

ひねくれてる俺だからお前の望む甘い言葉は吐けないけどお前が俺を思ってくれてるように俺もお前のことちゃんと思っているから、だから安心してお前は俺を抱けばいい
勢いよく寝返りを打ってそのまま男鹿の首に腕を回す
なるべく顔を見ないように
なるべく顔の火照りに気付かれないように

愛してるもありがとうもごめんなさいも全て詰め込んではじめての俺からのキスをお前に送るよ


(繋がった唇から俺の言葉が全部伝わればいいのに)




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