シザーハンズの続きです。
▼雰囲気エロなのでR15でお願いします。
「手、抑えといてくれへん?」
上背のある男二人が重なり合うベッドは、動く度にギシギシと悲鳴を上げる。東条が出馬の眼鏡を代わりにベッドサイドに置いてやった時に、ぽつりとそう呟いた。裸眼の彼は雰囲気が少し鋭くなる。
「どうしてだ」 「引っ掻くかもしれへん。君のこと」 「そんくらいどうって事ない。元々、俺の身体は古傷だらけだしな」 「君が良くても僕が嫌や。行為中に血なんかごめんやで」
珍しく感情的にそう募るので、東条は渋々、出馬の五本指の間に自分のそれを絡めるようにしてキツく握った。そのまま両手を出馬の顔の横にそっと押し付ける。ぎゅっ、と握られれば、鉤爪を宿す指は曲げられなくなる。 出馬はてっきり手首を抑え付けられるばかりだと思っていたらしい。少し驚いた顔をして、それと同時に東条の思わぬ優しさに触れて戸惑った。
その様子に少しだけ笑って、東条は出馬の唇に自分のそれを寄せる。今度こそ出馬は慌てた表情になった。
「っ、そないなこと、せんでも…」 「女だろーが男だろーが、抱く相手には優しくするのが俺のポリシーだ」
だから黙って任せとけ。そう言えば、出馬は一つ溜め息をついて諦めたように身体の力を抜いた。東条はその薄い唇にそっと口付ける。やがて唇を割って舌を絡めれば、おずおずとだが出馬もそれに応えた。
東条はそれは優しく、出馬に愛撫を施す。まだ前戯であるそれはあまりにねちっこく、出馬は思わず「しつこい」と口に出していた。
「…なぁ、」
ふと、少し息を乱しながら呟く。前戯に夢中だった東条は一旦中断して顔を上げた。出馬の視線はどこか遠くを見てるようにぼう、としている。
「今更やけど君、僕のこと知って驚かれへんの…?」
視線を自分の真横にある異形の爪に移し、出馬は呟いた。
「…まぁ、世界は広いし悪魔の一人や二人くらいいてもおかしくないだろ?」 「………君が大物なのを、すっかり忘れとったわ」
出馬はその言葉にアイロニーを含めたつもりだったが、案の定東条は首を傾げるだけだった。 どうしてだろう、この男といると気分が軽くなる。未だに自らの身体を巡る血に対する恨みも、薄れているように思える。
「…僕は、見ての通り普通の人間やない。せやけどほとんど人間や。ほんの少し、悪魔の血が混じっているだけの」 「……………」 「力はほとんど使うた事はない。僕はあくまで人間やからな。なのに、今回はじめてあそこまで力使うて、こんな手になって、なんでやろうな…記憶があるんや。この醜い手の。それと同時にやりきれない悔しさと、血に対する憎しみも。輪廻転生は信じとらんけど、前世の記憶は本当にあるんやな、はは」
そう力無く笑う彼がどうしてか幼く見え、東条は出馬の手を握っていた手をほどき、ゆっくり抱き締めた。
似ている、と思った。始めて出馬を見た時、自分に似ていると。幼い頃、廃れたストリートで育った自分の、強がりで寂しい瞳も全部。一種の既視感は同族嫌悪を孕み、最初はいけすかない野郎だと思っていた。それはベッドに入った時も確かに存在していたはずなのに、気付けばそれはもっと柔らかく、優しいものに代わっていた事に東条は気付いた。放って置けない。こんな危なっかしい奴を、自分の目の届かないところには置けない。
自分にはあの時、差し伸べてくれた強い掌があった。あの人に触れて分かったことは、なにも強さだけではない。頼り、頼られること。人間は一人で立つには余りにも脆い生物だと言うこと。それを今度は自分がこいつに教えてやりたい。そう強く東条は思った。こいつに欠けている愛情も次いでに注いであげて。
「どうしたん。手放してもうたら…」 「いいから。つらかったら背中に掴まれ」 「っ、せやから…!」 「お前は中身がどうあれ、一人の人間だ。ただの人間だ。そんなやつが背中に爪立てようが、俺は痛くも痒くもないぜ」
そう言って、半ば無理矢理東条は出馬の腕を自分の背中に回させた。そうすると必然的に二人の距離が近くなる。まだ何か言いたそうな出馬の表情を見て、東条は中断していた愛撫を再開する。減らず口は瞬く間に、控え目な喘ぎ声に変わった。
揺すぶられる感覚に、出馬は必死に耐えていた。快感と苦痛にではない、東条の背中にすがり付きそうになる自分の気持ちに、だ。油断すれば、今すぐにでも筋肉が隆起した逞しい背中を掻き抱いてしまいそうだった。そんな事はしたくない。身体中に傷があるにも関わらず、唯一傷痕のないまっさらな背中を、傷付けたくなかった。東条が今まで守り抜いてきた誇りを、傷付けてしまいそうな気がして。
「っ、…あぁっ!」
一層強い衝撃に、鉤爪が背中に触れそうになる。駄目だ、駄目だ。そう必死に自分に言い聞かせるが、本能には逆らえなかった。不安定に揺れる身体はしがみつくものを求める。確かな熱を求めてさ迷う。嫌だ、傷付けたく…ないのに。
……あぁ、そうか。
その感情がただのエゴから来てる訳ではない事に、出馬は気付いた。普段なら、ここまで他人を気遣う事はない。むしろ敵対関係にあった東条なら尚更だ。なのに、異常なまでのこの執着心は、出馬の思った以上に暖かく、不安定で、それでいて少し怖いものだった。この気持ちを受け入れるのは、怖い。忌々しい血のせいで人を、人間を信じられなくなった自分が、気高い虎の様な美しい人間を、愛しているだなんて。
「あ……」
その感情を理解した途端、両手がぼう、と暖かくなった。視線を移すと、そこに今まで鎮座していたはずの凶器が風化している。さらさらと黒い塵状のものが無くなると、そこには男にしては白い掌があった。なんてことない、人間の手だった。
「お前……」
それに気付いた東条も驚きの表情を浮かべる。出馬は自分の手が元に戻った原因を思い返して、なんとなく気恥ずかしくなった。火照る顔を隠すように、今度こそ逞しい背中に抱き着いた。
「………恋を知った化物が、人間に戻れるなんてな」 「ん、なんか言ったか?」 「なんでもあらへんよ。それより腕戻ってしもたけど、またご飯作りに来てくれへんかな?その、君の料理、美味かったから…」 「ああ、いいぜ。お前ほっとくとろくなもん食わなそうだしな」
にか、とまるで太陽が花開くように東条が笑う。その笑顔を、出馬は眩しそうに見詰めた。
12'0203
虎馬は難しいです。けど楽しい。虎馬メジャーにならないかしら。それと今更ですが似非関西弁ですいません…。難しいけど、また気が向いたら書きたいです。
ついでにこの小説と同名のボカロ曲をイメージして書きました。某嘔吐物さんの歌ってみたをBGMにして。知らない方は、聞いて頂けると嬉しいです。この曲も虎馬も大好きです。
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