▼にょた古注意
「ゆきちゃんは良いお嫁さんになるね」
小さい頃からそう言われ続けた。その度に苦笑いを溢す。慣れとは怖いもので、お世辞半分のその言葉を軽く受け流せるほど、私は少しませていた。
高校一年生、青春真っ盛り。 学生と言えばそう、恋。これを差し置いて青春など語れない。中学生の頃から持つ恋への淡い期待は、年を増すごとに肥大して行く。
その憧れはきっと人並み以上だと自負してる。かっこいい彼氏をつくるために、それなりに努力した。地毛の銀髪は毎日かかさずケアして、顔もパックをしてる。校則違反だけど、気付かれない程度にうっすら化粧も施して。 可愛いマスコットを通学バッグに付ける。ポニーテールにくくった頭には、日替わりで気に入ったシュシュをつける。シュシュの数はもう自分でも把握出来ていない。
そんな時である。中学二年生の時、勇気を振り絞って一つ年上の先輩に告白をした。サッカー部のキャプテンであるその人は、爽やかと言う形容詞がぴったりとあてはまる。見た目も性格も、理想過ぎた。
人気が高いその先輩にアプローチするためにたくさん頑張った。試合の応援もかかさず駆け付けたし、ちょっと苦手だけど、先輩のために料理も振る舞った。バレンタインデーももちろん手作りチョコを渡した。その度に自分だけに向けられる笑顔が、どうしようもなく好きだった。
けれど、そんな私の努力は皮肉にも最初から意味を成さなかった。
「古市には、男鹿がいるでしょ」
苦笑してそう言う先輩の言葉を聞いて、頭を鈍器で殴られた気がした。確かに砕け散った初恋。失恋は苦いだけじゃなくてこんなに痛いものなんだろうか、と思うくらいに胸がずきずきと痛かった。
そう、私には昔からの幼なじみがいる。いや、幼なじみと言うより腐れ縁のような関係。
それが男鹿辰巳。 三白眼に茶色がかったわがままそうな髪。威圧するような低い声、太い腕。所謂、不良だ。 予め言っておくが、男鹿は私の彼氏ではない。と言うより、昔から一緒に居すぎて、そういう対象として見たことすらなかった。
一見してみればただの恐ろしい不良に見える男鹿はしかし、どこか抜けていた。服のボタンをかけ違えるなんてざら出し、挙げ句の果てには学校に手ぶらで行こうとしたりもする。元から男鹿の鞄には教科書など入ってはいないが、おばさんの作ってくれたお弁当と財布は忘れると大変だ。なんでってそりゃ、私のお弁当が代わりに食べられてしまうからだ。
そんなこんなで、私はこの最悪の幼なじみと、未だに縁を切れないでいる。
「男鹿ぁ!迎えに来たよー!」 「うっせぇな古市。そんな大声出してっといつまでも彼氏できな」
ガツンっ!
皆まで言わせるかコノヤロウ。そう意味合いを込めて、バッグで思いっきり寝癖の目立つ頭をぶっ叩いてやった。
「いってぇ!」 「痛いじゃないわよ!このボンクラ不良もどきめ。第一私に彼氏が出来ないのはアンタのせいなんだからねっ!」 「他人に擦り付けるのはよくないと思いまーす」
むかつく。こんな奴、幼なじみじゃなかったら一番高いヒールで踏み潰してやるのに。 でも男鹿の家族にはお世話になってるし、なんだかんだ付き合ってしまっている。そんな自分の面倒見の良さもどうかと思うが、もう半ば習慣みたいなものだ。今更こいつをほっとける訳もない。 大きくため息をつけば、男鹿が怪訝そうな顔でこちらをみやった。お前のせいだ、ばか。
「てかお前、また髪ぼさぼさだし」 「別に変じゃねーだろ。学校行くだけだし」 「変じゃなくない!ほら、こっち屈んで」
慣れた手付きで自分のバッグからハードワックスを取り出す。自分の髪は直毛だからワックスなんて滅多に使わないが、以前酷い髪型で登校しようとした男鹿に呆れて、買ってしまった。言ってしまえばこれは男鹿の髪専用だ。
素直に屈んだ男鹿の髪に、指先ですくったワックスを付けていく。根本からわがままな髪の毛をどうにかして撫で付けて、とりあえず見られる形にした。うん、さすが私。
「たつみー、お弁当…って、あらゆきちゃん、おはよう」 「おはよう、おばさん」 「いつも悪いわねぇ。ほんと、ゆきちゃんが居てくれて助かるわぁ」
ほわほわと笑うおばさんの表情とは裏腹に、内心で「私はこいつと居て助かったことなんて一度もありませんけどね」とごちる。 男鹿はいそいそとお弁当を薄っぺらい鞄に突っ込み、行ってくらぁと欠伸混じりの声で言う。私もそれに習えば、背後からおばさんの行ってらっしゃいが聞こえた。
玄関を出てぎょっとした。箒を持った隣に住むおばさんが、若干赤い顔をしてこちらを凝視していたからだ。これは、まさか…
「朝から熱いわねぇ。ほんと、ゆきちゃんは良いお嫁さんになるわね」
やっぱり、見られていた。顔を青くする私とは裏腹に男鹿のやつなんか暢気にども、とか挨拶してやがる。 癖とは言え、玄関先でなんて軽率なことをしたんだ私は。 これからの薔薇色のはずの高校生活が、音を立てて崩れて行くような気がした。
ふと、頭に温かい感触がする。 落ち込んで俯いていた私の頭を、優しく撫でる感触。
「古市、どうした。どっか悪いのか」
心配そうに覗きこむ瞳は真剣そのもので。男鹿がデーモンとかアバレオーガだとか呼ばれている事を忘れてしまうくらいの優しさが、自分に向けられていた。 それの優しさが先は、いつも自分だった。もっと周りに向ければ、デーモンだと恐れられることなんてないのに。男鹿が本当は優しくて純粋なのを、分かってあげられるのに。
―――私、みたいに。
「……っ!」
それに気付いた途端、なぜかとても泣きたくなった。唇をぎゅっと結んでも、目頭が熱くなるのを止められない。涙で揺れる視界の中で、それでも男鹿が驚いたような顔をしたのが分かった。容易に分かってしまった。
「おい、どうした古市」 「うるさい!男鹿のばかばかばかばか!デーモン!アバレオーガ!天然たらし!」 「は?意味わかんねーぞ」 「いいの!もう男鹿なんてきらい!だいっきらい!死ねっ!」 「おーい古市、口わりぃーぞー」
私の言葉なんて気にしてない表情で、再度頭に手を乗っけらる。わしゃわしゃとせっかくセットした髪の毛を乱す大きな掌を、思いっきりバッグでひっぱたいてやった。 その隙に、早足で学校に向かう。後ろから私を呼ぶ呑気な声が追ってくるのを、聞かなかった事にして。
同じ制服を着た人たちが、こちらを見ながらくすくす笑っている。またやってるよ、とまるで微笑ましい光景を見るようなやわらかい表情で。 かああっと顔が熱くなる。もう全部が恥ずかしい。こんなに胸がばくばくするのは、先輩に告白した時以来だ。
きっともう、この先私の前に甘酸っぱい高校生活なんてない。これも全部全部、あいつのせいだ。もし一生、私に彼氏が出来なかったら、その時は。
「…責任取ってよ、ばか男鹿」
12'0128
王道ラブコメテイストで。唐突ににょたが書きたくなったんですが、果たして需要あるんでしょうか…。
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