「じゃあ僕はこれで…」
「小杉さん」


足早に部屋を出ようとした俺を、七峰くんの有無を言わせない口調が呼び止める。
まるで床に足裏を縫い止められたみたいに、動けなくなってしまう。
トントントンとその長い指がリズムを刻む度に、背筋に冷たい汗が滲む。


この瞬間だけは、たとえ何度行われてきた事だろうとも一向に慣れない。
七峰くんは気まぐれに俺を使って遊ぶ。
その日の彼の気分によって、俺は都合のいい性欲処理へと成り下がったりもした。
この馬鹿みたいな行為の意味は、最近情緒が不安定気味な七峰くんを安定させるため。
そう自分に言い聞かせてきた。
たとえ何が悪くてどこで間違えたなんて、もう分からなくなってしまっていたとしても。


「ここに座って下さい」


そう言われて七峰くんが叩いたのは自分の膝の上。
思わず椅子に座る七峰くんを凝視してしまった。


「早く」


苛立ちを含んだ声で言われ、仕方なくそれに従う。
持ちかけた鞄を床に置き、恐る恐る七峰くんの元へ歩く。
重くないかな、なんて場違いな事を考えながら、そっと彼の膝の上に腰を下ろした。


「そのままキスして下さい」
「へ?」


思わず間抜けな声が漏れた。
だっていつもならまるで強姦に近いやり方で俺を抱いていたのだから。
もちろんこの行為になんの意味もないキスなんて、ただの一回もない。
呆然とする俺なんてお構い無しに、七峰くんの指が眼鏡を取り去る。
一気に視界がぼやけるが、呼吸が触れるほど至近距離に七峰くんの顔があるため、あまり眼鏡の意味はなかった。


「小杉さん」


逃げられないように腰をしっかり押さえられる。
いつもと違う七峰くんの表情に、不覚にもドキッとしてしまった自分を殴りたい。
七峰くんの綺麗な顔立ちが目の前にあるのを意識した途端、急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
けれどじっと見詰めてくるその視線から逃れる事なんか出来なくて、もう半ばやけくそにその唇に自分のそれを押し付けた。


「っ……」


すぐに唇を離す。
本当に一瞬の出来事だったけど、俺にとってはファーストキスだった。
男で、それも年下の七峰くんにいろいろな物をもって行かれて、我ながら情けなくなる。
それでも嫌悪感が湧かないのは、俺の頭がついにおかしくなったからなのだろうか。


「もう一回」


七峰くんは特に何のリアクションもなく、もう一度と呟く。
正直ありったけの勇気を出して行動に移したと言うのに、まるで反応が無いのはかなり悲しい。
こうなればもう完全にやけくそだ、と七峰くんの肩の手を置いてもう一度キスをした。
触れるだけの何の意味も見出だせないキスを。


「っ……!?」


だけど今回は違った。
腰と後頭部をがっしりと押さえられたかと思ったら、唇をなにかざらりとしたものが這った。
びっくりして顔を離そうとしても後頭部は固定されたまま。
その拍子に薄く空いてしまった隙間からそれが、七峰くんの舌先が侵入してくる。


「ん…、ふっ」


歯並びを確かめるかのようになぞる舌の感触に、ざわざわとしたものが背中に昇ってくる。
頬の内側を柔く愛撫され、唾液を分泌させられる。
自由に口内を這い回る舌に、成す術もなく追い上げられていた。


「んんっ」


ついには自分の舌まで音を立てて吸い上げられた。
その瞬間、腰に得体の知れない電流が走る。
次々と溢れ出る唾液を嚥下するのも間に合わず、口の端から溢れて出てしまった。
くちゅくちゅと耳を塞ぎたくなるような音が部屋に響く。
経験のない俺でも、七峰くんが相当上手いことはわかった。
至極情けない話だけど、だって俺の腰はもう完全に砕けてしまっていたから。

ぼんやりとする頭でいつの間にか彼に薄く応えている自分がいる事に気付く。
だけどもう止められなかった。
俺は完全に七峰くんの技巧に溺れていた。
舌を絡められ吸い上げられる度に腰に走るのは、紛れもない快感だったのだから。
長い長い口付けがようやく終わった頃には、息が完全に上がっていた。


「ベッド行きますか?」


今日の七峰くんはひどく優しくて残酷だ。
そんな優しい声色と表情で言われたら、期待しちゃうじゃないか。
いろいろな意味で泣きそうな俺の髪をまた優しく撫でるものだから、何も言い返せない。
そんな卑怯な君が嫌いだ。
俺はただ首を縦に振る道しか、残されていないのだから。
だけどそれ以上に、理由を彼に押し付けている自分が大嫌いだった。
胸の中で淡く色付く心が、自分の心臓を抉っているとも知らずに。
そうして僕は今日また、彼に溺れて行く。







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いつもに増して意味不明な文章すいません。
いちおう七(→)(←)小を意識したんですけど、全く分からないと言う。
毎度の事ながらがっかりだよ。
そしてフェードアウトが毎回毎回同じパターンのはご愛敬です。






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