これの続き







「な、ななみね…くん?」


黒い、薄く濡れた艶やかな子犬のような瞳が真っ直ぐ見上げてくる。
力任せに押し倒したせいか、小杉さんの野暮ったい黒渕眼鏡が鼻先から少しずれていた。
なぜかそれが勘に触って、幼い顔立ちに似つかわしくないその眼鏡をむしり取り、部屋の隅へと放る。
カシャン、と、軽い音が部屋に響いた。


「な、なにするんだ…!」
「小杉さんあんた、馬鹿じゃねーの」


明らかに普段と違う声色で耳元にそう囁けば、華奢な肢体が僅かにびくん、と震える。


「俺に弱み握られてるのに、そんな余裕ぶってさ。なぁ、これどういうことか分かる?あんたは年下の俺に、一番知られちゃ困る事を知られたんだよ」
「……っ」


年下と言う部分にイントネーションを置いたのは、わざとだった。



小杉さんは目をこれ以上ないくらいに見開いて、やがてようやく余裕のない歪んだ表情になった。
くしゃりと半ば泣きそうな顔になりながらも、頬を冷たいフローリングに押し付けるようにして俺の視線から逃げようとしてるのは明白だった。
そんなことをしても、今さらどうにもならないと言うのに。


「ちゃんとこっちを見て下さい。小杉さんは頭の悪い人じゃありませんよね」


聞き分けの無い子どもに対する、少し困ったような口調で優しく問う。
しかし言葉の柔らかさとは裏腹に、有無を言わせない力で指先で顎を掴み、強制的にこちらを向かせた。


「………何をすれば、いいんだ」


堕ちた。

にぃ、と口角が上がるのを止められない。
大声で笑い出したい気分だった。
不毛な恋をしている男が、好きでもない年下の男に押し倒されて、諭されて、屈服して、悔しそうに、ぎりりと歯を食いしばって、それでいて諦めているような顔を、しているなんて!
これほど滑稽なことが、果たしてあるだろうか。

表向きは僕に屈服してるようで、けどまだどこか抗っていた小杉さんのその部分が、ビリビリと剥がされている音が聞こえてきそうだった。
他でもない、僕の、七峰透の手によって、この一人の哀れな人間の自尊心は、今ぐちゃぐちゃにされつつあるのだ。

それなら、どうせなら徹底的に、やってやろうじゃないか。


「……あんた、もちろん男と経験無いわけじゃねーよな」


その時の小杉さんの顔ときたら、絶望一色に染まっていて、どんな色のコピックよりとてもとても綺麗だった。







***





嫌がる身体を無理矢理押さえつけて、好き放題に凌辱する。
愛の伴わない行為が虚しいだけだなんて、嘘だ。
その証拠に、俺はこんなにも熱くたぎっている。
いや、興奮していて、貧相な身体を思うままになぶっているのだった。


「も、やめ…っ」


身体の下からくぅん、と、喘ぎとも泣き声とも取れる声が聞こえてきた。
小杉さんは終始、身を固くしていて、はじめのうちはこちらも大変だった。
けれどそんな時には一発でこの人を従順にする、魔法の言葉を囁けば、何の問題もない。


「いいんですか、ばらされても?」
「あっ…」


直後に弛緩する肢体は、諦めからくるのだろうか。
そんな事はもう、どうでもいい。


「服部さんだけじゃなく、編集部の方たちが知ったらどう思いますかね。確実に今までと同じようには接してくれないでしょうね。好奇の目、はたまた軽蔑の目を向けられるか、それとも両方か。下手したら折角頑張って入社した編集部も辞めさせられるかもしれませんね。だってこんな、担当作家と肉体関係を持ってしまった編集者なんて。ね。マスコミも飛び付きそうだ。そしたらもう、周りの人にも全員知られてしまいますね。ね、小杉さん。どうしましょう。居場所、無くなっちゃいますよ」
「や、もっ…やだ……っ、やだやだやだ!」
「子どもじゃないんですから、駄々捏ねても駄目ですよ。あなたは男に突っ込まれてよがる変態で、担当作家である年下の男にまで手を出した。僕はストレートですからね。第三者からしたら、たとえ真相がどうであれ、あなたが僕に迫ったと捉えられますでしょうね。そしたらもう、あなたはただの男娼だ。そう認知されちゃいますね」
「……っ、う………うっぅ…ふ、」
「泣かないで下さい。小杉さんをたった一人にはしませんよ。だってそうなったら僕の責任ですから。だから僕が責任を持って小杉さんを愛してあげます。世界中から晒し者扱いされてる哀れな小杉さんを、僕だけは絶対裏切らない。ずっと愛して、抱いてあげます」
「ほ、んと…に?」
「えぇ、約束します。じゃないとストレートの僕が男なんて抱けるはずないじゃないですか。小杉さん、ほら、手を僕の背中に回して」
「っ、…ななみねくん…っ!」
「そう、いい子。キスしてあげますから、顔をこちらに向けて。口を開いて」
「ふっ…ぁ、ん」
「ふふっ、可愛いですよ、小杉さん」
「ぅ、ん…ななみねくん、ななみねくん、ななみねくん…っ!」
「ずっとずっと、愛してあげますからね、小杉さん」










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