※七峰ヤンデレ注意




きっと全てが無くなったのだと思う。
七峰くんの思い描いていた未来は、プライドのぶつかりにより粉々に砕け散り、まっさらな更地へと転化した。
それはきっと彼が一番恐れ、俺が一番望んでいた事で。
それでも七峰くんは類い稀なる才能を秘めていた。
出会った直後の、ただ自分の漫画を描くのが楽しくてたまらないといった彼の瞳の奥から感じたのは、紛れもなく天性のそれだったから。
だから今回の件で挫折しようと、批判されようと、根っこに潜むその感触を思い出してくれると思っていた。
そう、思っていた。

俺のそんな淡い期待とは裏腹に、何も無くなった七峰くんはペンまで捨ててしまった。







「小杉、今日は電気会社の点検があるらしいから早く上がっていいぞ」
「あ、はい。分かりました」


見回りに来た服部さんに続いてダウンを羽織り、まだ寒波の残る外へと出る。
いま担当しているラブラドールを思わせる青年作家のところにでも寄ろうかと思ったが、考えたら午前中に打ち合わせをしたばかりだった。
久しぶりに家でゆっくり色んな漫画を見よう。
新人と言えど天下の集英社に就職出来たのは、長年培ってきた知識と読んできた漫画の量のお陰だった。
人一番読んできたと自負している。
だから作家と一緒にいい漫画を世に送り出す事が俺の夢だった。
そう期待を膨らませていた入社式。
蓋を開けてみれば俺は作家と共に漫画を作るどころか、才能溢れる逸材を潰してしまった。
端から見れば彼の、七峰くん自身の暴走により見返りかもしれない。
それでも彼の暴走を黙って見過ごしていた俺にだって大きな責任がある。
それらと七峰くんを背負ってでも、彼とともに歩んで行こうと考えていた。
が、結果はどうだ。
何一つ、残らなかったじゃないか。





目の前に広がる活字と絵が頭に入って来ない。
一人になるといつも、七峰くんの憔悴しきった顔が頭をよぎる。
だからといって七峰くんを宣言通りに潰して亜城木くんに憤りを感じたりはしない。
どんな形であれ彼らが七峰くんの目を覚まさせてやらなければ、彼はいまと違う形でもっとずっとどん底へ沈んでいただろうから。

それでもまだ、七峰くんのあの虚ろな瞳が頭に焼き付いて離れない。



ピンポーン




思考に水を差すように軽快に鳴り響いたインターフォンの方へと振り向く。
椅子から立ち上がれば固まっていた関節がギシギシと傷んだ。
一体、俺はいつから考え込んでいたのだろう。

備え付けのモニターから覗くのは、カラフルな制服を身に纏った青年の姿。
帽子を深く被ったその下から宅配ピザでーすと元気に叫ぶ声。
しかし生憎心当たりはなかった。
一人暮らしの上ピザを頼んだ覚えはなかったから、きっと間違えて来たのだろう。
そう思って宅配の青年にうちじゃないですよと断りに行こうと、玄関へ歩を進めた。

その時どうして気がつかなかったのだろう。
その青年の猫なで声に聞き覚えがあった事を。





「すいません、うちピザは頼んでな…」
「お久しぶりです、小杉さん」


堂々とした口振り。緩く癖の効いた鮮やかな色の猫っ毛。
そして深く被った帽子の下から覗く、爬虫類のような虚ろの目がこちらを見詰めていた。


「……ッ!!」


反射的に緩く開けた玄関のドアを閉めようとした。
彼の、七峰くんの取り付かれたような顔を見て脊髄の奥に潜む本能がやばい、と察知したからだった。
しかし数瞬早く、七峰くんの細くて長い指がドアを絡めとる。
ガッと鈍い音がしたときにはもう、隙間から潜り込んできた七峰くんの右足が扉を割っていた。

怖い。
ただ声を聞いただけで、顔を見ただけで、見詰められただけで、身体の奥底から滲み出るこの恐怖心はなんなのだろう。
カタカタと小さく震える両手で力一杯ドラノブを引っ張る。
しかし足を挟まれてる手前、ドアが完全に閉まることはなかった。

そして一瞬七峰くんの手から力が抜けたと思った次の瞬間、ありったけの力でドアを引っ張られた。


「あ…ッ」


完全に口を開けた限界からするりと細い身体が入ってくる。
パタン、と彼の後ろで扉がしまった瞬間、俺の中の全ての機能が停止した感覚に襲われた。
久しぶりに見た七峰くんの表情は以前にも増して険しいものとなり、年相応にはりのあった肌はかさつき、目の周りは深い隈が出来ている。
何より一番恐ろしく感じたのは感情をよく表していたその瞳が、虚ろに濁っていた。
これは一体、誰なんだ。


「小杉さんひどいじゃないですか、せっかく変装までして来たのに」
「な、なみねく…」


一歩、一歩と七峰くんが近づいてくるのに合わせて一歩、一歩と後退していく俺の足。
ニコニコと笑うその表情はあの人懐っこい笑顔のみる影も無くなってしまっている。
怖いと思いながらしかしその瞳に視線を反らす事が出来ず、部屋の中が緊張の糸ではりつめる。
しかしそんな攻防も時間の問題で、俺の背中に無情にも部屋の壁が冷たく当たった。
目の前に立つ七峰くんの顔は以前変わらない。


「考えたんですよ僕。どうしたらこの痛みを治せるのかを。もうペンさえ握れない、そんな僕はもう何の未来も持てないただの負け組だ」


そう、僕は負けたんだ。もう先には戻れない。
ぼそぼそと呟く七峰くんの声がまるでお経のようだった。
あまりの恐怖に背中が粟立つ。
そして何が面白いのか、七峰くんはニヤァと唇の端をいびつに歪ませた。


「もう堕ちるところまで堕ちる先しか見えない。でも一人じゃ嫌だ、僕がこうなったのはあんたにも責任がある」


だから、とそのかさついた唇が耳元に寄せられる。
首筋に生暖かい吐息が掠めて思わず肩が跳ねた。


「あんたも道連れだ」


瞬間、視界が反転した。
強かに打った背中の痛みをどこか遠くに感じながら、伸びてくる七峰くんの手に全てを委ねた。


皮肉にも俺たちがはじめて一緒に踏み出した一歩は、決して底のない沼への入り口だった。







―――――――――――



ハピエンはログアウトしました。
続きあるのとか聞かないで下さい、むしろこっちが聞きたいよ。
七小大好き(説得力皆無)






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