無機質な声が文字通り機械的に言葉を発する。

『お掛けになった電話は現在――』

ピー、と一際高い音の後に広がる静寂。
カーテンの隙間から覗く月光を一瞥して、静かに電源を落とした。


『古市がすきだ』


記憶の中でそう言ったお前の顔は、今でも鮮明に覚えているのに、髪をすく指の感触や腕を掴む手の温もりは確実に失いつつある。
居て当たり前だと思っていたから。
だってそうだろ、誰がこんなこと予知出来た。
男鹿があんなこと言うなんて、誰が予想出来た。


『…返事は今すぐじゃなくてもいいから』


そう言った癖に。
なのに俺の返事を待たずに勝手に消えるってどういう事だよ。
お前はそうやっていつも横暴なんだ。
俺が好きだって言った後に見せた、何もかも終わったような表情。
もう駄目だって情けなく歪む顔は、今まで地面に沈んできた不良共のそれと同じで、情けないと思った。
同時に怒りと悲しみが混じってやってくる。
その情けない表情にも、俺の答えを分かりきったかのようにすぐに踵を返した事にも。
なにもかも決め付けてわざわざ負け戦にいくなんて、お前らしくなさすぎてもはや笑える。
返事、まだだって言ってんだろ馬鹿野郎。
だから

なぁ、お前いまどこにいるんだよ。




それはあまりに突然だった。
夜逃げでもしたのかと思うくらいに、男鹿と、男鹿にまとわりついていた魔王や他の悪魔が揃って姿を消していた。
当然、どんなに探しても人に聞いても手掛かりすら掴めず、俺は男鹿の居ない日常と言うのを初めて手にした。
それは不良に絡まれず、女の子とのデートも邪魔が入る事もなく、帰り道にコロッケを奢らされる事もなく、至極平穏だった。
一般的に見たら。
こんないたって通常の生活スタイルの中に不満を持ってしまう俺は、やっぱりどこかおかしいのだろうか。
今まで何度も男鹿が居なければ、と思ってたはずなのに、いざ現実になると何も見えなくなった。
何を見ていた訳でも無いのに、何も分からなくなった。
じゃあ俺は一体なんなわけ。
そんなくだらない問いに呆れながらも答えてくれるやつは、ここにはいない。



酷く静かな夜に比例して眠れない日が続いていた。
そんな時は真夜中でも関係なしにあいつの携帯に電話を掛けた。
だって、どうせでないんだから。
もし留守電の声が男鹿だったら、俺は安いドラマの主人公みたいに電話を掛け続けているだろう。
でも耳に流れてくる声は無機質なもので、それでも繋がりを求めてボタンを押す。
電波の先にあいつがいる事を信じて。

ふと、クローゼットに目を向けて誘われるようにゆるゆると立ち上がった。
その中にある洋服棚の右上は、あいつの為のスペースだ。
震える手で引き出しを開けてみれば、趣味の悪いTシャツやパジャマと思われるジャージがあの日と変わらずに畳んであった。
おそるおそるジャージを手に取ってみる。
俺のより少しだけサイズの大きい襟元から、微かだけどあいつの、男鹿の匂いを感じる。
ぼやける視界の中でその僅かな温もりを逃さないようにギュッと抱き込んだ。
まだ一ヶ月しか経っていないと言うのに、あいつの断片を見つけたと言うだけでどこか懐かしく思えた。
深呼吸を繰り返す。
吸ってから息を吐くという動作が酷くもどかしい。
今だけは男鹿の匂いを取り込んだ空気を吐くなんて動作なければいいのに、なんて。
目を閉じれば本当に男鹿が側にいるように思えて、俺は必死にその虚像にすがり付いた。











誰かが、髪に触れている。
せっかく出来たこの空間から出るのが嫌で、拒否の意を込めて頭をゆるく振った。
それでもその指はめげる事なく追ってくる。
しつこいそれに嫌気がさして、重い目蓋を億劫気味に上げた。
でも、まどろみきった視界に移ったのは鋭く刺さる朝日でも、見慣れた白い天井でもなかった。
真っ先に飛び込んで来たのは真っ黒い瞳。
身体を包むあいつの匂いが一層強く感じられた。


「ただいま」


ぎゅっとジャージを掴む指先に力がこもった。
微かなあいつの匂いを感じただけで一ヶ月ぶりの安眠を得たのに、今というとすっかり目が冴えてしまっていた。
だって、仕方ないじゃんか。
あいつが、俺に勝手な事言って勝手に姿を消した男鹿が、いま俺の目の前にいるんだから。


「遅くなって悪かった。…返事、聞きに来た」


言いたい事は山ほどあるけど、どうやら今はあの時の返事をすることが最優先らしい。
説教とか今までの経緯は後で洗いざらい吐いて貰うとして、

とりあえず今は手始めに、いささか広くなった男鹿の胸へ突進をする事にしようか。






こんな僕でよければどうぞ




――――――――――


ただいまとありがとうとごめんなさいを込めて。

10万打本当に有難うございました!
ここに来て下さる皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも何かと拙いところはありますが、どうか見捨てないでやって下さいね。






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