久しぶりに訪れた魔界は重い曇天に覆われていた。
今回は一人だけのため、転送に負荷はかからなかったらしい。アランドロンから吐き出された場所はどこかの城の真ん前だった。


「男鹿殿はこの城の地下に幽閉されております」


豪勢な装飾が施された門を見れば一目でここが件の城だと察する事が出来る。アランドロンの言葉に頷き、入口に続く階段を昇ろうと、足を一歩踏み出した時だった。


「人間が魔界になんの用だ」


影から現れたかの様に、ぬっと人影が写った。黒いコートに黒い髪。人形をしたその人物はしかし、本来人間にはないエラの様な耳をしている。
確か、以前姫川のマンションの屋上で男鹿と再会した時にいた柱将。
名前は、確か――


「ヘカドス…」
「ほう、人間風情が俺の名前を知ってるとはな」
「どうしてあんたが…今回の事は焔王とは無関係の話だろ。出来れば穏便に道を譲って欲しい」
「無関係、だと」


ぴりり、と辺りを取り巻く空気が変わる。古市殿、とアランドロンが前に出ようとするのを手で制した。
ここで誰かの背に隠れていては、男鹿と向き合う資格がない。なんとなく、そんな気がしたから。


「人間界を滅ぼすのは焔王様だ。その未来に変わりはない。しかしその根本にある目的が成就出来なければ本末転倒だ。今や末子殿の魔力は大魔王様並。これが意味する事が分かるか人間」
「…つまり、人間界を滅亡させる事は後継者争いの一端に過ぎないっていうことなのかよ」


人間という種族は聡くて助かる、とヘカドスは小さく口元をあげた。対面してるからこそ分かる嘲笑だったが、不思議と怒りは沸かない。
ヘカドスの言葉よりも、俺の意識はずっと向こうにそびえる門の奥に向いていたからだ。


「だからと言って男鹿をずっとここに幽閉しておく意味は、」
「幽閉、か。そうであったらどんなに良い事か」
「どういう…」
「簡単な話だ。今のあの男は末子殿の膨大な魔力によってパンク寸前だ。いつ死んでもおかしくない。どんな不審な死に方でも、な」


カッと頭に血が昇るのが分かった。その怒りは、ヘカドスが語る話の意味を易々と“理解させられた”自分に対してにもあった。


「っ、いけません古市殿!」


ダン、と地面を蹴る。振り上げた拳はしかし叩き込まれる寸前にピタリと止まった。
ヘカドスの足元から伸びた黒い靄が魔力によって鞭のようにしなる。拳がそれに阻まれ、あっという間に四肢を絡め取られてしまった。
黒い靄にぎゅうぎゅうと締め付けられるが、もがきながらもいつの間にか目の前に迫っていたヘカドスをきつく睨む。


「殺すのか、あいつを…それがベヘモットのやり方なのかよっ!?」
「どちらにしろあの契約者は助からん」
「そんなの分かんないだろ!あいつを助けるために俺が来たんだ!分かったら放せよ!っ、放せぇ!!」


暴れれば暴れるほど黒い靄は身体に絡み付いてくる様だった。ぎりり、と奥歯が悔しさで軋む。咄嗟に飛び出したアランドロンも、次元転送をした直後だった為か容易く地面に縫いとめられてしまっていた。

そして絡み付く黒い靄が、段々と首元に這い上がってきた。


「人間は非力だ。故に何人束になろうが無力なのには代わりない。しかし貴様をあの男に近付ける訳には行かない。潔くここで死ね」
「あ゙、ぐ…っ!」


ぎりり、と首の骨が軋む音が聞こえた。ひゅ、と喉が喘ぐ。四肢を縛りあげられた体制のまま、何も出来ずにただ息が止まるのを待ってる様だった。
情けなかった。悔しかった。こんなところで死ぬのも、ここに来た目的を果たせなかったことも。

…もう一度、一目でいいからお前に会いたかったのにな。

霞む視界の中、酸素を求めて見上げた先に写ったのは、自分の世界とは違う空だった。





「それが貴様の忠誠の形か」


凛と気高く、静かな声が聴こえた気がした。







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