その影に射し込む木漏れ日が、夏の乾いた風にゆらりと揺れた。
その光景を、鋭く日の光が照りつける中で、ぼんやりと見ていた。
その影はただ、力強く青葉を咲かせる木の幹に寄り掛かって、さもつまんなそうに寝転がっている。
その頭には髪の色と同じ真新しい真っ黒いランドセル。
つまんなくねーのかな、なんて、ただの好奇心で歩んだだけに過ぎなかった。


「なぁ、」


それは、色褪せることのないアルバムの1ページ。








プシュ、と軽快な音を立ててプルトップが持ち上がる。
見た目の派手さに引かれてかった炭酸飲料を一口嚥下し、すぐに後悔した。


「まっず…」


思ったより炭酸のシュワシュワ感は抜けていて、ただ甘いだけの飲料水をさらに水で薄めました、なんて絶対に流行らなそうなスローガンが頭に浮かんだ。
やたらと勢いで買うものじゃないな、と既に自動販売機に飲み込まれた100円を惜しみながら、この奇天烈な飲み物の処理をどうしようかと頭を捻る。
男鹿ならどんなものでも平気で食べたり飲んだりしそうだな、なんて。


「あっ」


横から聞こえてきた声に顔を向ければ、少し頬を染めた邦枝先輩が立っていた。
普段ならこの行動をポジティブな方面に取って舞い上がれるのだが、この人の場合思いを寄せる相手が相手なだけに、高揚心は湧かない。
むしろ普通ならあり得ない、どろどろとした感情が胃の下らへんで渦巻くのだから、我ながらおかしいと思う。


「えっと…男鹿どこにいるか分かる?」
「いまさっきトイレに行きましたよ」


そう、いまさっきここに居たのだ。
ここに、この場所に、俺の隣に。
これではまるで男鹿が召し使いだ。
自分の思考を無理矢理シャットダウンしようとして顔に笑みを貼り付けたが、見事に失敗した。


「そこの角曲がって真っ直ぐ行ったところのトイレです。あそこはいつも混んでないから。俺このまま教室戻るんでついでに伝えといてください」


早口で言いくるめて踵を翻した。
なんだ今の態度は。
まるでイチャつくなら他所でやれみたいな、酷く覚めた言い方だった。
あんなに純粋で、綺麗な人の恋路に嫉妬するなんて、どうかしてる。
未だ大量に残るまずい飲料水を一気に飲み干せば、炭酸は抜けてるはずなのに涙が滲んだ。







少しずつ長くなる陽を尻目に、犬の散歩をしている人が多く群がる河川敷を歩く。
長く伸びる影も、そのあまりにも遅い歩みについてくるのが億劫だと思うくらい、俺の足は重かった。
それでも歩幅を揃えて隣を歩く男鹿に嬉しさを覚えしまうのだから、もうどうしようもない。
なんかまた泣きそうだ、俺ばっかりぐるぐる考えてこんなの、こんなの。


「今日、邦枝先輩になに言われたんだ?」


いま一番聞きたくなかった話題を俺の唇は紡いだ。
隣に立つ男鹿が少しだけ驚いた気配がした。
それに気付かないふりをして、少しだけ俯き気味に前を見る。
こうすれば少し高い位置にある男鹿の表情を見なくて済む。
普段気に入らなかった4cmの身長差が、少しだけ有り難く感じた。


「今日家に来て夕飯食べないかって誘われた」
「は、夕飯?お前そこまで邦枝先輩んちに溶け込んじゃってるわけ」
「ちげーよ。前修行つけてもらったジイさんになんか勘違いされて一方的に気に入られてるだけだ」
「ふーん、家族公認ってやつか。いいねリア充は」
「リア充って、なんだそれ?」
「ラブラブで羨ましいなーって意味」
「は、俺とあいつがか?んなわけねーだろ」
「お前がそう思っててもあっちはそうとは限らねーだろ。ったく鈍いにもほどがあるだろ」
「お前にだけは言われたくねーな」
「うっせーよ。で、今日行くのか」
「いや、行かねー」


は?と思わず間抜けな声が出た。
なんだかんだ言ってこいつは優しいから、人の好意は無愛想なりにも受け取るのを、俺は知ってるから。


「なんで、せっかく誘われたんだろ」
「行かねーっていったら行かねー。てかなんでお前怒ってんだよ」


ぐっと下唇を噛む。
知らず知らずのうちに語尾が強くなっていた。


「それは、お前があんまりにも鈍いしはっきりしねーから…」
「じゃあ俺があいつの気持ちに答えて、お前がやりたくてウズウズしてる段階全部踏んで、あいつんちで笑いながら飯食えばいいのかよ」
「なっ、ちが…」
「俺があいつと話すとお前嫌そうな顔してるだろ。なのにさっきからなんでそんな矛盾してることばっか言うんだよ」


重かった足取りが完全に止まった。
瞬く間に広がる沈黙は、生暖かい春風に連れ去られることなく、俺たちの間に居座り続ける。
男鹿が本気で困ってるのが分かった。
当たり前だ、全て俺の理解不能の行動と言動のせいなんだから。
でも、だからってその理由を言えるほど、俺は強い人間じゃないんだよ。



二人きりだった。
けど、決して寂しいとか後ろめたいとかそんな感情はなかった。
だって、俺の世界は男鹿だけで明るく色付いていたから。
誰が介入してこようとも、俺の世界の大半は男鹿で占められている。
だけど男鹿は違うかもしれない。
俺だけじゃ駄目なんだ。
俺だけじゃ男鹿の求めるものを明るく照らせない。
石矢魔にきて、男鹿の回りに個性豊かな人たちが集まってきて、それでいいんだって思ってた。
例えその光景を、離れたところで寂しげに見つめる自分がいたとしても。
そう思っていたはずなのに。


「おい、お前らなに突っ立ってんだ」


不意に下から大きな声が飛んできた。
沈黙が切れたことに少しほっとしつつ、屋台を開く東条さんを視界にうつす。
男鹿を見て嬉しそうに笑ったのが見えた。
いつもならこれから始まる二人の交流という名の喧嘩を、貰ったたこ焼きを食べつつ観戦しているのだけど。


「悪い、今日は俺もう帰るわ」


完全に俺は逃げようとした。
東条さんに軽く会釈して足を踏み出そうとしたが、男鹿の手が俺の腕を掴んだ事によりそれは叶わなかった。


「なん…」
「悪い東条、今日は喧嘩はなしだ」


いつになく真剣にそう言えば、東条さんはそうか、と笑ってから屋台を覗いていた子供たちにたこ焼きを振る舞っていた。
俺と言えばせっかく与えられた逃げ道を封鎖され、八方塞がり状態だ。


「な、なんでだよ…」
「俺鈍いからお前がなんで怒ってんのかさっぱりわかんねーけど、それでもこのままあやふやにするのだけは嫌だぞ」
「……………」
「だからほら、これ観て機嫌直してくれよ」


だだっ子を慰めるみたいに、銀髪をぐしゃぐしゃと掻き回されて少しだけむっとした。
けど目の前に差し出された映画のチケットを見てはっとする。


「これ、俺が見たかったやつ…」
「今日公開だって聞いてたから買っといたんだよ。なんだよ、行きたくねーのか?」


その言葉に首がもげそうなくらいかぶりを振った。
まだ製作段階の時に見たいと言ったから、あれからかなりの時間が経っていたはずだ。
もしかして邦枝先輩の誘いを断ったのも、これが原因なのかもしれない。


「よし、じゃあ行こうか古市君」


何の躊躇もなく差し出された手に、一瞬迷いながらもおそるおそる掌を重ねた。


『なぁ、一緒に遊ぼうぜ』


木漏れ日に照らされたあの日の記憶が蘇る。
最初に差し出したのは確かに俺からだったのに、気が付いたらもう、この手を離せなくなっていた。
たとえ底のない沼に溺れたとしても、相手がこいつならいいと思っている自分がいる。
だってこいつなら俺の一人くらい軽々引き上げられるだろ。
そんな自惚れも全て包み込んで、目の前の黒髪が夕焼け色に光った。








――――――――――




男鹿はリア充って言葉を知らないと思います(笑)
なんだか激しく男←古みたいですがちゃんとおがふるです。
というか乙女古市です。
なんだかんだ言いながら男鹿の一番は古市で、古市の一番は男鹿なんですよね。
公式って素晴らしい(笑)
あと自分が書いてて恥ずかしくなるようなあおはる話をテーマにしました。
見事に大成功です、はい(笑うとこだよー)

書いててとても楽しくなって些か調子に乗りました(笑)
ささやかですが私と同い年で同じ月産まれという夏幸様へ捧げます。
リクエスト有難うございました!






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