それは聖石矢魔の学園祭まであと一週間の事だった。
連日のバレーボール連日はスパルタで、毎日筋肉痛に苛まれる。しかし退学が掛かっている為、今回ばかりは厳かには出来ない。まぁ化け物並みの身体能力を持つ輩ばかりだから、せいぜい俺は控えなんだろうけど。むしろ控えじゃなかったら死ぬし。

いつもの練習を終え、満身創痍で帰路につこうとした時だった。


「古市、ちょっと来て」


寧々さんが神妙な顔付きで手招きしている。その後ろにはいかにも何か企んでます的な形相をした花澤さんたち。何時もなら舞い上がって付いて行くけど、異様な雰囲気に気圧されるが、素直に付いて行った。それが間違いだった。



***



「俺が女装コンテストに出場っ!?」
「ちょ、声が大きい!」


空き教室に連れて来られたのだから、騒いでも大丈夫だと思うのに寧々さんはさっきから妙にそわそわしていた。と言うか、これが騒がずにいられるか。


「そうっス!この情報仕入れるのに、かなり手掛かったんスよ〜」
「いやそんな露骨に手で金のマーク作らなくても。てか最初から説明してください!」
「なんでも、聖石矢魔は今回の文化祭に掛けているようだ。バレーボール対決なんて格好の撒き餌だからな。そこで文化祭委員が秘密裏に、バレーボール対決の余興として女装コンテストを開催するらしい」


薫さんが表情を変えずに淡々と説明をする。なるほど、理屈は分かった、けど。


「だからってなんで俺なんすか。俺確かに女の子大好きですけど、さすがに女装趣味なんてありませんからね」
「決まってるじゃねーか。お前が女顔だからだ」


涼子さん、そんな清々しいくらいにズバッと宣言しなくても…。一応これでも気にしてるんですからね!


「でも、わざわざそんな余興参加しなくても…」
「まぁ私たちの気持ちの問題でもあるんだけどね」
「え?」


寧々さんは少しだけ申し訳なさそうな顔付きで呟く。


「あんたたちは選手として直接聖石矢魔と戦えるけど、あたしたちは清々サポートまでが限界。姐さんがあんなに頑張ってるのに、こんな歯痒い事はないわ」
「だからこの女装コンテストなら、私たちも力になれるし、違う形でも聖石矢魔と戦えるから」なるほど、気持ちは分かった。けどこの人たち、その為には半ば強制的に女装させられる俺の存在を失念してないか?
まぁいいけど。俺も所詮控えだし。


「あ、言い忘れてたっスけど、もうエントリーしちゃったスから」
「それを早く言って欲しかったな!てか俺の意向無視!?まぁ薄々気付いてはいたけど!」


これで俺はまた一つ人生に汚点を残す事となるんだろう。だいたい男が女の子の格好なんて寒すぎる。流行りの「男の娘」と俺は違うんだし、絶対見ている方が堪えらんないだろ。しかもこんなことヒルダさんや男鹿や神崎先輩たちに知れたら、一生笑い者にされる。


「それとこのコンテストの形式は特殊でね。ルールを噛み砕いて言うと、女装した男子が知り合いに話し掛けて気付かれなかったら1ポイント獲得。最終的にポイント数の多かった人が優勝って事よ」
「ついでに優勝商品は購買一ヶ月無料券っス!」


止めを刺された気分だった。無料券とかこの際どうでもいい。けどこのコンテストに勝つ為には女装したまま石矢魔の生徒たちに話し掛けなくてはいけない。
最悪だ。みすみす自分の醜態をあの人たちの前にさらけ出さなきゃいけないだなんて。

どん底まで落ち込んだ俺の気持ちはいつものことながら綺麗にスルーされて、俺はその日から一週間、女の子らしい仕草や動作をみっちりと叩き込まれた。



***




やってきてしまった聖石矢魔祭当日。色んな意味で憂鬱だ。そもそも、始めは退学阻止の為に身体を酷使していたのに、今ではすっかりコンテストの方に思考がシフトチェンジしてしまっている自分がいた。なんだかんだ言って物事を強く拒めない自分の性格に、我ながらお人好しだと呆れる。

だがしかし項垂れている暇などなかった。なぜなら俺はいま…


「うおお、超パネェっス!鬼可愛いー!」
「寧々さんさすが化粧上手いですね!」
「いや、あたしも正直ここまで映えるとは…」
「なんだかんだ言って、素材が良かったんだな。なんか女として、素直に喜べない…」
「すっごい分かるその気持ち」


烈怒帝留の人たちに囲まれながら、俺は様々な視線を浴びていた。含まれる感情はそれぞれ違っても、刺すような視線に居心地が悪くなる。

目の前に置かれた鏡に映っていたのは、紛れもない女の子だった。白い肌にうっすら化粧を施され、銀色の髪が緩くウェーブして鎖骨あたりでゆらゆら揺れる。それでいて派手ではなく、清純派の美少女がそこに居た。それは化粧を施され、銀髪のウィッグを着けた俺だった。


「どうよ古市。いけそう?」
「しょ、正直これならバレない気がしてきました…」
「持ち掛けておいて複雑な気持ちね。あたしたちもあんたも」


居たたまれない雰囲気が控え室を包む。俺はいそいそと用意された制服(巷で云う、なんちゃって制服と言うやつだ)に着替えた。股あたりがスースーする。最後にヘリウムガスを吸って声を高くした。これで背はかなり高いけど、紛れもない女の子に変身完了だ。


「それじゃあ、行ってきます…」
「ええ。頑張ってね」


俺はネイルを綺麗に施された指で控え室のドアノブを回した。



***




ローファーをカツカツ鳴らして中庭を颯爽と歩いて行く。すれ違う人たちの視線が痛い。が、それを気にしている余裕なんてなかった。制限時間はたったの二時間。それまでにどこに居るかも分からない石矢魔の生徒を捜さなければいけないのだ。

ふと、鼻孔を香ばしいソースの匂いが擽った。
つい匂いのした屋台に足が向かってしまう。お好み焼き、とでかでか書かれた屋台。捻りはちまきをしてお好み焼きを焼く人物に見覚えがあった。


(と、東条さん…!?)


こんなところでもバイトまがいの事をやってるのか、と口には出さないで驚く。そもそも文化祭で個人が屋台なんて出していいものなんだろうか。
それはさておき、この機会を逃す訳には行かない。むしろ好都合だった。この場合、普通に客を装ってお好み焼きを貰えれば条件はクリアである。控え室を出てからさりげなく背後を付けて来ている監査管を一瞥してから、再び屋台に向き合った。勝負だ。
俺はとびきりの笑顔を振り撒いた。


「お好み焼き一つ下さい」
「はいよ!」


よし、完璧!思わずガッツポーズしたくなるほど自然なやり取りだった。この様子なら100パーセント気付かれてないだろう。これで1ポイントゲットだ。


「はい、お待ちぃ!」
「ありがとうございま…え、2つ?」


なぜか差し出されたパックにはお好み焼きが2つ入っていた。


「あの、一つだけ頼んだんですけど…」
「もう一つはサービスだ。男鹿にくれてやれ、古市」


え、えええええっ!?
いまこの人何て言ったっ!?


「ん、てか何でそんな女みたいな恰好してんだ?声もちょっと違うし風邪でもひいたのか?」
「ど、どなたかは知りませんけど、私は古市という名前じゃありませ…」
「なにいってんだよ。どうみてもお前古市だろ」


そう言うとニカッと笑って大きな手で俺の頭をガシガシ掻き回した。嗚呼、せっかくセットした髪が…。てかウィッグが取れる。呆然としたまま俺は東条さんの気のすむまで髪の毛を掻き回された。













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