それは昼休みの事だった。ベル坊のミルクをやるためにヒルダを探している時に、ふと目の前に大柄な男が立ち塞がった。スキンヘッドにぴっちりしたランニングを着た男。モブの顔をいちいち覚えているほど暇じゃないので、早々に地面にめり込ませて立ち去ろうと、右腕を上げた時だった。

ばっ、と目にも留まらぬ動作で何かを差し出される。そのあまりの早業にぎょっとし、目前にある物体を見て再びぎょっとした。いやに存在のある封筒。


「男鹿!一生の頼みだ!!この手紙をあの人に渡してくれ!!」
「………は?」


ランニングモブはそのままきっかり90度腰を折る。頭を下げられるのは嫌いじゃないが、全く持って話が分からない。


「あの人って、一体誰だよ」


つーかそもそもお前が誰だ。


「忘れたとは言わせんぞ!石矢魔の廊下が凍ったり、保健室に謎の化け物が潜んでいたあの奇怪な日に現れた、ピンクナースの事だ!」


ランニングモブは恍惚とした表情でうっとりと呟く。正直、キモい。
けどピンクナースと言う単語には心当たりがあった。あれは以前、ベル坊が魔界の玩具で遊んでいた時に、半ば強制的に行われたお医者さんごっこの事だ。なぜか周りに居た俺は黒、そして古市はピンク色のナース服を着せられ、元に戻るまで大騒ぎだったのだ。

と言うことは、このランニングモブはその時の古市に一目惚れしたって事か?つーかそもそも、黒ナースが俺だって分かるのになんで古市の正体が分からないんだ。確かにあの時の古市は(俺もだけど)化粧もしてて、端から見たら本当のナースに見えたかもしれないが。

どうしよう、ピンクナースの正体をこいつにばらすか?いや、それで引いてくれるとは限らない。逆に開き直って俺の目の届かない所でアタックでもされたら面倒だ。ただでさえ女っ気の少ない石矢魔で、見てくれも良くてどこか加護欲を煽られる古市を狙う輩は多いのだ。

うーんうーん、と普段使わない頭をフル回転してたせいだろうか。ばっと両腕を取られて、たぶんラブレターと思われる封筒を握り込まされた。


「どうかよろしく頼んだぞ!!」
「あ、おいっ!」


呼び止める間も無くランニングモブは猛スピードで廊下の角へと消えて行った。毎回思うんだがなんであいつは一挙一動があんなに素早いんだ。


「ったく、仕方ねーな」



***



「仕方ねーな、じゃねぇよ!!なんであっさり渡されちゃったんだよ!!」
「仕方ねーだろ。てかあいつの俊敏さを見てから言え。あいつ、ただのランニングモブじゃねぇ…」
「ランニングモブに俊敏も何もあるかよ!!」


昼休みの屋上。ごきゅごきゅミルクを飲むベル坊を傍らに、古市は威勢良くきゃんきゃん喚いていた。


「うるせーな。つか、どうすんだよそれ。やっぱり中身ラブレターか?」
「…って、お前、中身見なかったのか?」
「馬鹿か。プライバシーを重視するんだぞ、俺は」
「いやそうじゃなくってその、つまりだな…」


古市は言いにくそうにごもごもと口ごもる。目線をさ迷わせてるその様子に、何が言いたいのか、何となく察知する。


「お前が誰に言い寄られようが、お前は俺を選ぶだろ。そう信じてるんだよ俺は。だから別に、お前の事がどうでもいいとかじゃねーから、安心しろ」
「っ、ち、ちっげぇよばか男鹿…!自惚れんなアホっ!」


そのままプイッとそっぽを向かれた。そんなことしても真っ赤な耳まで隠し切れてねーぞ、アホ。


「…明日の放課後、教室に来て欲しいって。でも…ちゃんと断るから」
「おう」
「けど、向こうは俺が男だって気付いてないんだろ?振る振らない以前に、なんだか悪い気がする…」
「あー、けど正直にカミングアウトすると、色々めんどくさそうだしな」
「え、なんでだ?」
「こっちの話」


やっぱりランニングモブに古市があのピンクナースとばらすのは危ない気がした。なんたってあの俊敏さだ。気が付かない内に古市がかっさらわれる可能性だってある。


「とにかくナースの正体がお前だって気付かれずに済む方法なんかねーか?もう一回またナースになるとか…」
「声出したら男だってバレるだろ。…俺の問題だし俺がなんとかするよ」


だからお前は、見守っていてくれ。そう言われて、俺はただ頷いた。



***



約束の放課後。結論から言えば、古市は普段通り男物の制服を来て居た。西陽の射す教室の扉が静かに開けられる。現れたのは、あのランニングモブだ。俺は教室の近くの植え込みから、中の様子を伺う。


「お前は、確か男鹿の連れの…」
「古市です。すいません、姉は今日どうしても来られないとの事で、俺が代わりに」
「姉?あの人はお前の兄弟なのか?」
「はい、双子の姉です」
「そう言われてみると確かに似ているな。…それで、その…お前が代わりに来てくれたと言うことは…」
「…はい。気持ちは嬉しいけど、自分には恋人が居るので、貴方の気持ちに答える事は出来ないと…」
「恋人、居たのか」
「はい。…あの人に代わる人は居ないと」
「そうか」


西陽が古市の頬を照らしていたが、それだけじゃない朱が浮かんでいるのに、俺は気付いた。不器用なやつだと思う。自分の気持ちが決まっていても、他人の気持ちを蔑ろには出来ない、律義で馬鹿なやつだと。だから尚更、放って置けないんだと思う。思わず苦笑した。


「…ところで、その、お前は恋人居るのか?」
「は?」


ランニングモブの声色が変わる。おい、さっきまでの落胆はどうした。シリアス臭はどうした。なんで早々に立ち直ってるんだ。しかも俺の古市になんて視線向けてやがるんだ!


「あまりにもあの人と似てるし、俺はお前なら全然オッケーだ!」
「はああああっ!?」
「古市、俺と付き合ってく」
「めり込みキーーックッ!!!!」
「ぐはあああっ!!!!」


皆まで言わせるかこの面食いやろう!!窓を飛び越えてそのままの勢いで飛び蹴りを食らわせた。面食いランニングモブは向こうの壁に腰までめり込んで気絶した。ざまぁみやがれ。


「こいつに手を出していいのは、俺の許可を得てからだ」


最も、許可なんて出すわけないがな。ぽかん、としてる古市の手首を掴んで歩き出す。


「ちょ、男鹿っ!いいのかよあれ!」
「知るか!俺の物にまで手を出したあいつが悪い」
「な…っ!」


なんか知らないが、凄くムカムカする。ランニングモブにも、誰にでも無防備な古市にも。くそ、絶対今日は朝まで帰してやんねぇからな。覚悟しろよ、古市。





――――――――――



阿倍の扱いが酷すぎてごめんなさい。何より最後まで名前を思い出して貰えなかった阿倍にごめんなさい。

誰もおがふるの間に介入出来る余地なんてないのです、残念ながら。

空様、遅くなってしまって申し訳ありません><
リクエストありがとうございました!



title 誰そ彼
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