あの傍若無人な男鹿が風邪をひくなど、随分変わった事もあるもんだ。古市は、目の前でだるそうにベッドに横たわる腐れ縁に視線を向けた。


朝一番に男鹿から届いた「しぬ」とたった一言書かれたメールを受けて来てみれば、なんの事もない、ただの風邪だった。だが、男鹿は怪我は山ほどしても、病気という病気を経験したことがなかった。その為、はじめて身体の内側から細菌に蝕まれる感覚は、男鹿にとってこの世の終わりとも思えるほどの苦痛だったらしい。


「つーか普通、この歳で風邪引いたことがないほうが異常だろ」


生温くなったタオルを絞り直し、熱を持った額に乗せる。男鹿はただ「うー」だの、「あー」だの、人語を逸脱した言葉しか発しない。古市は少しだけ男鹿に同情を覚えた。

自分が呼ばれたのは、この苦しみをなんとかしろと言う無茶ぶりな意味合いもあるかもしれないが、古市はそれ以外にある事に気付いた。ヒルダが居ないのだ。ついでに言うと、あのウザくてたまらないオッサンも居ない。いや、後者は至ってどうでもいいのだが、ヒルダが居ないとなると男鹿の代わりにベル坊の面倒を見る人が居なくなってしまう。恐らく二人とも、ベル坊のミルク調達のために一旦魔界に帰ったのだろう。
美咲は仕事で外出しており、男鹿の母もよりによって現在は町内会の温泉旅行に行ってしまっている。

男鹿の枕元で心配そうに「アー…」と声をあげるベル坊を見て、古市は肩をすくめた。仕方無い、このままじゃ育児放棄になってしまう。
とりあえず、元気の無いベル坊を抱き上げる。すると、不満そうに男鹿に向けて手を伸ばすが、古市は心を鬼にしてそのまま隣にある美咲の部屋に移った。もちろん、15m圏内である。


「アー!ダァー!」
「駄々こねんなよベル坊。お前まで風邪貰ったら、それこそみんな心配するぞ?前風邪ひいた時大変だったろ。男鹿も、いま頑張ってるんだからお前も頑張れ。なんたって魔王の子だろ?」


腕の中であやしながら努めて優しく言えば、しぶしぶながらベル坊は理解したらしい。古市はまともに喋れない男鹿を最初に見てから、アイコンタクトで何を伝えたいのか理解していた。目線の先には、心配そうに自分にすがり付くベル坊。なるほど、伊達に親代わりはしてないか。古市は以前、ベル坊が風邪をひいた時のことを思い出した。最終的に、なぜか石矢魔最強と謳われる東条を倒すまでに至った、あの夏のことを。


「とりあえずミルク飲むか。お前、もうとっくに朝飯の時間過ぎてるのに、泣かなかったんだな。偉いな。男鹿のこと、凄く心配してくれたんだな」


古市は、赤ん坊独特の細くて柔らかい髪を撫でた。当然だ、と言う風に胸を張るベル坊に苦笑して、ミルクを作る。一応、男鹿の傍にいて一通りの育児の仕方は自然と覚えてしまっていた。

満腹になったベル坊はしばらくすると、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。赤ん坊は寝るのが仕事だ。さすがに美咲のベッドを使うのは気が引けるので(と言うか使うと後が怖い)、クッションを枕がわりにして、その上にブランケットを掛けてやった。一緒に寝転んで小さな背中をとんとんとあやすと、やがてスヤスヤと小さな寝息が聞こえて来た。それを見ている内に、なんだか自分も眠たくなってくる。仕方無い、せっかくの休日だと言うのに、朝っぱらから走って来たのだから。

男鹿は熱は高かったが、汗もたくさんかいていたし薬も飲ませたので、一眠りすれば落ち着くだろう。壁の向こうで寝ているだろう人物を思いながら、古市は静かに目を閉じた。

意識が柔らかな眠気に包まれる直前に、部屋の扉が開いたような気がした。



***



「なんだ、これは…」


魔界特製の粉ミルクを提げながら、ヒルダは目の前の光景に唖然とする。
美咲の部屋であるはずのカーペットの上には、なぜか古市とベル坊、そして男鹿が一枚のブランケットに川の字でくるまっている。
男鹿の額に貼ってある冷却シートを一瞥し、そういう事かとヒルダは一人呟く。念の為、額に手を置くが熱は綺麗さっぱり引いていた。


「フン、アホ共が」


言葉とは裏腹に柔らかな視線を向け、ヒルダは普段自分が使っているブランケットを更に掛けてやった。それから二人の間で幸せそうに眠る主君を見つめ、ヒルダは静かに部屋を後にした。






――――――――――




ほのぼの、と言うリクを頂いて、川の字で寝るおがふるとベル坊しか頭に浮かびませんでした(笑)

唯様、遅くなってしまい申し訳ありません><
リクエストありがとうございました!






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