※ちょっと下のお話です。





男鹿と古市が喧嘩をした。
元々小学生の時から一緒であった二人にとって、些細な喧嘩などそれこそ年中であったが、今回は少し勝手が違ったのである。


「むり、むりむりむり!!!そんなん入るわけない!!」
「少しの辛抱だから頑張れ古市くん。ズッと行ってバッで突っ込めばそこで終了だ」
「そんな事したら俺の尻が終了するわ!!!」


二人は現在ベッドの上で事を成そうとしている直前だった。
付き合っているとはいえ、両方とも男性との経験ははじめてである。いや、そもそも身体の経験自体はじめてだ。

付き合いはじめて、手を繋いで抱き締めて、キスをして…とそれなりにステップを踏んだ二人だったが、いざセックスとなると別次元の問題だ。第一やり方なんて知らない。

そこで、嫌々ながらもゲイ向けの雑誌を買った。男鹿は古市を、古市は男鹿を好きなだけであり、二人とも同性愛の毛はそれこそ毛頭ない。めくるめく新世界の光景に、二人は引きつつも必死に学んだのである。

しかし、一つ失念してた事があった。男鹿も古市も、小学生からの仲であるから、互いの裸など見飽きている。今でも「節約になるから」と半ば無理矢理一緒にお風呂に入ることもあるから、尚更だ。古市は失念していたのだ。男鹿の“それ”が、まさしくデーモン並みだと言うことを…。


「大丈夫だ古市、俺に任せろ」
「お前自分の言動振り返ってみ?どこが大丈夫なんだよ!!」


古市は文字通り頭を抱えた。セックスは怖いが、したくない訳じゃない。むしろ、男鹿とはしたい。けど、自分の身体的に無理だ。あんな大物、それこそ細っこい自分が受け入れられるはずがない。


「もう俺がお前に突っ込むしかないのか…?」
「む、それは駄目だぞ古市!!!断固拒否だ!!」
「だよなぁ。俺もお前に突っ込むなんて想像出来ねぇし…」
「だから俺に任せとけって」
「無理!!絶対痛いし、なにより怖い!!」


古市から昔から痛いのは大嫌いだ。それを知っての上で男鹿は自分に無理強いをさせようとしている。そう思うと所詮は身体なのか、と段々暗い方向へ思考が沈んでいく。自分の不甲斐なさも相まって、古市はどうしようもなく悲しい気持ちになった。


「もう無理!!男鹿なんて嫌いだ!!」
「ちょ、おい…!」


バタバタと、服を掴んで部屋を出ていく古市を、男鹿は引き留めることが出来なかった。



***



「どうしよう…」


自分の部屋に戻り、ようやく冷静になったところで古市は大きく溜め息をついた。勢いで嫌いと言ってしまった自分の言動を悔いる。しかし、男鹿と仲直りするためには、先ほどの問題をどうにかしなければならないだろう。でなければきっとまた、同じ事の繰り返しだ。

身体の関係は正直怖い。自分は受け身であるから尚更だ。けどそれ以上に男鹿と繋がりたい気持ちがある。一体どうすれば…。


「…そうだ」


古市の頭にある人物が浮かんだ。果たして自分の頼みを聞いて貰えるか自信はなかったが、それでもこの可能性に賭けるしかない。古市は携帯を取り出した。



***




「で、なんで俺が呼び出されんだよ」
「神崎先輩ならその…いろいろ知ってそうですし」
「はぁ?」
「受け身のコツ…とか…」
「おま、なんでんなこと…!?」
「先輩、姫川先輩と付き合ってますよね?ぶっちゃけみんな気付いてますよ」
「チッ……だからってなんで俺が受け身だって分かるんだよ」
「勘です。姫川先輩が突っ込まれてるの、想像出来ませんでしたし」
「………お前ある意味男鹿よりタチ悪いな」
「え…?」
「もういい…。チッ、仕方ねぇな、ヨーグルッチ10本で勘弁してやる」
「ありがとうございます!」


古市と仏頂面をした神崎は、近所のファミレスにいた。一応、隅のボックス席に座っている。ヨーグルッチ10本だけで済んで良かった、と古市は内心ほっと息を着いた。


「受け身のコツって言ってもなぁ。基本相手のテクによって左右されるからなぁ。男鹿はああみえて変に繊細なとこがあるし、お前相手なら尚更慎重にやってくれるだろ」
「え、どうしてそう思うんですか…?」
「勘だ。つか、普段のお前ら見てれば分かる。お前にべったりだろ男鹿の野郎」


その言葉に古市の顔が真っ赤になる。神崎はさっきのお返しだ、と言わんばかりに薄く笑った。


「ま、俺に言わせれば受け身は相手を信じる事が大事だな。やる前からこいつは自分を労ってくれるか、そういう目さえあれば、後は任せるしかねぇ。リラックス出来れば最初は少し痛いが、なんとかなるもんだぜ」


その言葉は裏に、本当に好きな人とのセックスなら自分も多少我慢出来るし、相手も労ってくれるだろうと言う意味が込められていた。逆に言えば、本当に好きな相手とセックスをするな、そう言っている気もする。相手への信頼はつまり、愛しさと同じだ。


「…神崎先輩も、姫川先輩のこと信頼してるんですね」
「うっせぇよ。ほら、もう俺の仕事は終わったから早く帰ってさっさと男鹿のとこ行ってこい。ヨーグルッチ忘れるなよ」


古市はありがとうございました、と頭を下げ、テーブルにコーヒー代を置いて店を出ていった。その足取りは心なしか、軽いようにみえる。


「チッ、俺もめんどくせー後輩を持ったもんだ」


仕方ねーな、と一人呟いて神崎は携帯を取り出す。一度面倒をみたやつは、最後まで面倒をみる、それが神崎のポリシーだからだ。


「…俺だ。めちゃくちゃ嫌だが、お前に頼みたいことがある」


電話口の相手が楽しそうな声色に変化したのを聞き、もうちょっとヨーグルッチの数増やせば良かったと神崎は内心悔やんだ。



***




一方男鹿は、古市の出ていった扉をぼうっと見ていた。古市の身体が欲しいわけじゃないが、やはり好きだから繋がりたいと言う気持ちがある。それでも古市は無理の一点張りで取り付く島もない。挙げ句の果てには、なぜか嫌いとまで言われてしまった。これは非常に困った。古市に触れられないだなんて…。


♪〜ピロピロリン


「っ!」


着信を知らせる携帯に、古市かと思い男鹿は放ってあったそれを即座に掴む。しかし、電話の主はお目当ての人物ではなく、知らない番号からだった。不審に思いつつも、なんとなく無視が出来なくて通話ボタンを押す。


「おう、男鹿か。姫川だ」
「は?なんでお前…」
「番号は調べさせてもらったぜ。ちょっと断れない用事を頼まれたからな」
「んなの知らねーよ。俺は忙しいんだよ切るぞ」
「おい、いいのかよ。古市と仲直りしたいんだろ?」


古市の単語に思わずピク、と動作が止まる。


「…お前、なんで」
「いいから。それより時間がねぇから手っ取り早く言わせて貰うぞ」


いいか男鹿、とそこで姫川は言葉を区切る。


「攻める方…いわゆる突っ込む方は相手の身体が馴染むまで時間をかけろ。むこうが鬱陶しいっつっても止めるな。絶対に急ぐんじゃねーぞ。出血なんかさせたら向こうがつらいだけだ。はじめてなら尚更。それになるべく手を握ってやれ。キスもな。リラックスさせないと身体が固いままだし、なにより向こうが怖がる」
「お、おう…」


姫川の真剣な声色に、男鹿はただ素直に頷く。


「お前はあいつを大切にしたいんだろ?ならなるべく、行為中も大事にしてやれ。こういうのははじめてが肝心だからな。それに…古市もあいつなりにいろいろ考えてるみたいだぜ」


だから自分の気持ちを素直に言え、と言って姫川は男鹿の返事を待たずに通話を切った。ツー、ツーと無機質な音を聞きながら、男鹿はその言葉を唇で紡ぐ。


「自分の…気持ち」


その時、トントンとドアをノックする音が響いた。はっとして振り返ると、そこには今まで思い描いていた人物が立っていた。後ろ手にドアを閉め、男鹿の手前にちょこんとすわる。やがて覚悟を決めたように、男鹿を見据えた。


「男鹿、その…さっきは嫌いとか言ってごめん…」
「お、おう」
「怖いのは本当だし、今でもそれは変わらないけど…。でも俺、考えたんだ。怖いし痛いのは嫌だけど、それ以上にその…男鹿のこと信じてるし……男鹿と繋がりたいし」
「っ、古市!」


思わずその背中を掻き抱いた。自分に経験が無いばかりに、ここまで悩ませてしまった。そんな自分に腹が立つが、それ以上に目の前の恋人がどうしようも無く愛しく思えて仕方がなかった。


「俺も…俺もだ。お前と繋がりたい。下手かもしんねーけど、絶対に大切にする。約束する」
「……うん」


夕暮れの日差しが照りつける部屋の中、二人は微笑んだ。そのままそっと、男鹿は古市を押し倒した。




翌朝、腰を抑えながら満更でもない表情の古市と、なぜか同じく腰を抑えながら苦い顔をした神崎が石矢魔で目撃された。その傍らでは、古市を気遣う男鹿の姿と、上機嫌の姫川の姿があった。





――――――――――




真面目にバカップル二組を書いてみました。ああもうこっちが恥ずかしい(笑)

別名、苦労人な神崎くんのお話です。なんだかんだ神崎くんは面倒見がよさそう。果たして姫ちゃんにどんなきついプレイをされたのでしょうかね(笑)

夏ミカン様、大変遅くなってしまい申し訳ありません><
リクエストありがとうございました!


Title 覆水 http://era.4.tool.ms/






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -