何十年ぶりかの寒波が日本列島を覆い尽くした、そんな寒い朝のことだった。


「おっす」
「男鹿、お前年中無休で短ランなんだな。見てるこっちが寒いわ」
「お前が異常なんだろ」
「いや、今の季節100人が100人お前の方が異常だって言うぞ絶対」


真冬だと言うのに薄手の男鹿をみて、厚手のコートに手袋、マフラーと言う完全防護の出で立ちであるにも関わらず、古市は尚も腕を擦り合わせる。
そんな正反対な格好の二人が学校に向かって歩いている時だった。
にゃーん、とどこからともなくか細い声が聞こえた。
最初に気付いたのは、マフラーに鼻先を埋めた赤い顔をした古市だった。


「なぁ、いま猫の声しなかったか?」
「ねこぉ?」


古市の問いかけに足を止め、怪訝そうに男鹿は周りを見渡す。


「にゃーぁ…」


「あ!ほら、聞こえたろ?」
「そこの路地からか?」


二人はそのまま声のした路地に入って行く。そこは日が当たらなくて薄暗く、以前降った雪が未だに溶けていないほど寒かった。
そこにぽつんと置かれた、ダンボールの箱。
ごそごそと中から物音がする。


「にゃあっ」
「お、やっぱりここにいた」


蓋をあけると、申し訳程度に敷かれた毛布に蹲るように、小さな真っ白い仔猫が居た。
まだここに置かれてそう時間が経っていないのか、純白の艶やかな毛並みは、薄暗い路地の中でよく映える。古市の髪みたいだな、と男鹿は思った。


「お前、こんなところに置かれて寒かったろ」


古市は手袋を脱ぎ、その中で暖まった掌で仔猫を撫でた。あれだけ寒い寒い騒いで居たのに、こういう時には躊躇がないんだもんな、と男鹿は内心で呟く。その無意識の優しさを女に向ければモテるだろうに、とは言ってやらない。そんな事をしたら、よけいなやつらが群がって来てしまうじゃないか。


「男鹿、どうしよう」
「いつもと立場が逆だな」
「うっせぇ。だってこいつ、このままじゃ絶対死んじまうぜ。俺もお前も家じゃ動物飼えないし、しかもこれから学校だし」
「駅前とか、人通りが多くて割りと温かいところに移動させればいいんじゃねーか?」
「アホ。そんな危ないとこに置いていけるか」


じゃあどうすんだよ、と男鹿は内心ごちる。ふと見れば、仔猫はちゃっかり古市の腕に抱かれて丸まっていた。おい、そこは俺の場所だ。なんとなく面白くない。古市がこういう弱いやつを放って置けない性格なのは知っているが、どうも腑に落ちない。自分も弱いくせに、女子供を無駄に守ろうとする、そんなこいつが。



***



「だからって学校まで連れてくるかよ普通」
「う、うるさい!てか静かにしろよ」


路地での一件の後、古市は仔猫をそのままコートの中に入れてしまった。そのまま電車に乗ったが、古市が周りを気にしてそわそわするから、男鹿はしょうがなく周りから古市を隠すように立ってあげた。あれほど鳴いていたはずの仔猫は、奇跡的に電車内で一声も鳴かなかったため、古市は電車を降りてほっと息を着く。

放って置けないとは言え、ついに学校にまで連れてきてしまった。とりあえず、仔猫の飼い主は学校が終わってから探すとして、古市は授業中も仔猫を学ランの内側に入れていた。
鞄に入れようとしたら、ダンボールに入れられた事を思い出すのか、盛んに嫌そうに鳴くからだ。それと反対に、きついけど服の内側に入れてやると大人しくしている。仔猫の暖かさを感じながら、古市はなんとか午前中の授業を受けた。


問題は、昼休みだった。


さすがにお昼時は仔猫を抱いたままじゃきついし、何より仔猫自身にご飯を食べさせてあげなきゃいけない。そう思い古市はそっと学ランの内側から仔猫を出した。ぬくぬく暖まった仔猫は、にゃーんと一声鳴いてすぐに古市の膝の上で丸まる。しかし、その声で周りに気付かれてしまった。


「古市、それなんスか?猫っスか?うおー鬼カワイイ!」
「あんたになつくなんて、変わった猫も居るものね」
「………かわいい」


即座に由加、寧々、千秋が猫に群がる。さすがは女の子といったところか、仔猫を見る視線は柔らかい。


「おい、こっちに近寄んじゃねーぞ」
「えー、なんでよ姫ちゃん。かわいいのに」


眉間に皺を寄せた姫川の反応に、夏目が抗議を示す。それに姫川はしぶしぶと言った調子で呟いた。


「……目が痒くなるんだよ」
「姫ちゃん猫アレルギーなんだ、かわいそう」
「テメェにそんな情けない弱点があるなんて、お笑い草だな」
「なんだと神崎」
「お前の汚い面見るよか、よっぽどこいつの方がマシだって言ってんだよ。ほら、これ飲むか」


そう言って、神崎は手に持っていたヨーグルッチを開き、夏目の弁当の蓋の上に注いだ。
仔猫は恐る恐る鼻先を近付け、くんくんと鼻を鳴らす。ぴちゃり、と小さな赤い舌がそれを舐め取ったら、どうやら気に入ったらしい。ゴロゴロ喉を鳴らしながらヨーグルッチを飲み干していく。

自分の大好物であるヨーグルッチをあげる辺り、ひょっとして神崎も猫が好きなのかな、と古市は内心呟いた。


「おい」
「……ぶっ!」


声を掛けられた方に振り返った途端、顔面に何かをぶつけられた。あわてて手で掴むと、それは焼きそばパン。そうだ、猫が居て購買に行けない自分のために、男鹿が代わりに買って来てくれたのだ。もちろん財布はぶんだくられたけど。


「お、おう。サンキュ」
「つーか、マジでどうすんだよそいつ。今日中に飼い主見付からなかったら、さっきの二の舞だぞ。しかもお前になついちまってるし」


男鹿は、満腹になり満足そうな顔で古市の膝で顔を洗っている猫を指差す。


「…見付かるまで、なんとかするしか」
「今日みたいなこと、毎日できるわけないだろ」
「けど、こいつまだちっちゃいし、放って置けないし……こんなに、かわいいのに」
「はいはい、かわいいかわいい」


そう言って、男鹿は俯く古市の頭をがしがしと撫でた。横で女子たちがびっくりした顔になっている。神崎たちも目を見開いている。
それに気付かない二人は尚も会話を続ける。


「真面目に考えろよ、ばか男鹿。またあんな寒いところに置き去りにしたら、かわいそうだろ」
「お前のかわいい猫だもんな」
「男鹿…っ!」


ついに我慢出来なくなったのか、古市が仔猫を抱いたまま勢い良く立ち上がる。きっ、と睨む古市の視線を受けながらも、男鹿は表情を変えないまま呟く。


「アネキに写メ送ったら、今日仕事帰りに餌と首輪を買ってくるって喜んでたぞ」
「え……」
「アネキ、昔と違って薬でアレルギー治ったんだと。だからもう、大丈夫だ」


その言葉を聞いた途端、古市は男鹿に抱きついた。仔猫を抱いたままだったので男鹿の胸に飛び込んで行ったと言う方が正確かもしれない。すん、と鼻を鳴らす。


「良かった。おが、おれほんとにどうしようかと…」
「はいはい、とりあえず飯食おうぜ」


慣れた手付きで銀髪をあやすように撫でてから、男鹿はその腕に抱かれた仔猫をみやる。

良かったなお前、いいやつに見付けられて。
そう心の中で呟くと、仔猫は嬉しそうににゃーん、と鳴いた。

そんな微笑ましい二人と一匹を除いた周りのクラスメートは、未だに固まったままだ。


「なに、これ…」


そして購買に行っていた邦枝が教室に入ってきた途端、目の前の光景を見て昏倒したとか、そうでないとか。







――――――――――



以心伝心ラブラブなおがふると言うことでしたが、以心伝心なのは男鹿と猫でしたね(^_^;)

ツイッターで回ってきたRTの内容に禿げ萌えたので、それを少し参照させて頂きました。

ふーふー様、遅くなってしまった上に、ギャグにはほど遠い作品になってしまい申し訳ありません><
リクエストありがとうございました!


それとこのお話の続編みたいのも書きました→こねこと悪魔のワルツ








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