※暗い、鬱気味。











自覚をしたのはいつだったか。

思い出なんて、積み重ねてしまえばどんなに楽しかった出来事もいずれ圧し潰されてしまう。それを大切に包んで守っていたとしても、現実はそんな俺を嘲笑うかのようにいつでも襲いかかって来た。



***



石矢魔に入学して少し経った後、俺は古市に告白した。
普段からでけぇと思っていた薄灰色の瞳は、こぼれ落ちるんじゃないかと危惧するほど、見開いていたのを覚えている。

しかしそれは驚きと、なぜか絶望の色をしていた。


「……終わりだな」
「え?」


その声は小さく、不明瞭に聞こえて思わず聞き返す。
しかし古市は俺の問いかけを気にせずに、そのまま続ける。


「悪い男鹿。俺はお前とだけは付き合えない」


ある意味一番傷付く言葉を投げ掛けられて、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
そんな俺を古市は至極冷たい目付きで一瞥して、音もなく横を通り抜ける。
振り返り、去って行く古市の姿を見続けていたが、その華奢な背中が二度とこちらに振り向く事はなかった。



***



それからしばらくして、どういう経緯か古市が神崎と付き合ってると言う噂を聞いた。


『お前とだけは付き合えない』


その言葉の示す意味を考えても、結局原因にたどり着く事が出来ないでいた。
そんな中の、悲報。
どちらかと言うと悲しさよりやりきれなさの方が圧倒的に強かった。


あの時から古市は徹底的に俺を避けるようになった。いや、避けると言うより、元から俺の存在など知らなかった、とでも言うような態度だった。
幼なじみで、尚且つ腐れ縁だった俺たちの過ごした膨大な時間は、いとも簡単にぷっつりと切れた。
古市が出して来た圧倒的な拒絶と言う鋏によって、途切れるはずはないと思っていたその縁はあっけもなく消え去った。

空っぽになった心を持て余した俺は、暴君の名を欲しいままに荒れた。隣で非力にも関わらず、果敢に俺の拳を引き留める細腕は、もう居ない。



そんな中だった。なんとなしに、自らを『神』と称した奴の居る教室の前を通った。
落書きや硝子のひび割れが目立つ薄暗い教室に、ふとくぐもった声が聞こえる。
誰も居ないと思っていたが、中に人が居たようだ。
普段なら気にも留めない事なのに、どこか違和感を感じて立ち止まる。
無音の廊下。より静寂に包まれたそこに、その声は決して小さくなかった。


「…ぁ……っぁ、ん」


瞬間、背中が粟立った。
聞き間違えるはずのない、男にしては高めの声。
それは普段より艶みを帯びていて、一瞬で中で何が行われているかを、否が応にも悟らせた。


『神崎さんに、恋人?』
『恋人と言うより、ありゃただの情人(いろ)だな。呈の良い抱き人形ってやつか』
『そいつ男だろ。しかもあの男鹿の幼なじみとか。そんなに良いのかよ』
『さぁねぇ。まぁただ一つだけ言えるのは、俺たちには程遠い世界だって事だ。さすが自称石矢魔の首領は、やることが違うな』
『違ぇねえ!』


ゲラゲラと下卑た笑い声を上げる不良たちの会話が、脳内にフラッシュバックする。
女好きのあいつがそんな事するはず訳ない、と無理矢理押し込んだ苦い気持ちは、いまここで跡形もなく玉砕された。


古市、お前は―――


「そんなにまで俺の事が、嫌いなのかよ」



***



ガラ、と静寂に包まれた廊下に、扉を開く音がやけに響いた。
まず目に入ったのは金髪頭、そしてピアス、猫背気味の姿勢、履き潰した上履き。
その人物が神崎一だと気付いた時には、前触れも無く神崎の右頬に拳を叩き付けた。


「ぐぁっ……てめっ!!」


反撃を与える間も無い。俺はこいつには用はないんだから。
酷くクリアな脳内とは裏腹に、次々に繰り出した拳は神崎の身体にあちこちと埋まって行く。
やがてその身体がピクリともしなくなってから、俺は漸く拳を収めた。


―――もう戻れない。


どこで間違ったのか、もうそんなのは分からない。ましてや誰が悪いのか、何がいけなかったのか、どうすれば良かったのかなんて。

対峙するのはありふれた教室扉。
立て付けの悪いそれが、嫌な音を立ててゆっくりと開いた。


「よぉ……古市」


薄暗い教室内は、未だ冷めやらぬ熱気が漂っていた。
その奥に鎮座する、『玉座』を催したソファにしどけなく横たわってる細い肢体。
ボタンを全て開ききり、乱れたワイシャツの隙間から除くのは、白い素肌の上に散らばる紅い花。すなわち、所有印。

思わず、クッと喉の奥で笑った。
あそこまで俺に頑なだったこいつが、どこの馬の骨とも知らないやつに平気で尻を貸せるだなんて。
酷く滑稽だった。笑いが止まらなかった。そんな古市と、自分に。


狂人めいた俺を、古市はあの時と変わらない至極冷たい目付きで見詰めていた。
事後を隠そうともせずに、気だるそうにソファに寄りかかり、何の感情も見えない目で俺を見ていた。


それがまるで嘲笑うかのようで、酷く腹が立つ。
腹が立つのに、何も出来ない。古市の拒絶の前では、俺の拳も声も、届きやしない。

俺は半ば自棄になった頭のまま、今まで浮かべていた笑みをごっそりと消した。
そして古市のそれと同じ冷えきった表情で言う。


「お前の<恋人>は扉の前で寝てるぜ。なぁ、俺よりあんな弱っちぃやつが、お前の好みなのかよ?石矢魔のてっぺんが欲しいなら、俺が取ってやるよ。楽勝だ。だからもう意地張ってないで戻って来いよ」


そう言って、無造作に右手を古市に伸ばした。

喉が酷く渇いている。あぁ、やっぱりこいつじゃないと満たされない。空虚だった心はこんなにもこいつを望んでいる。なら、必然的にこいつだってそうだ。間違いない。だって今まであんなに長い間一緒に居たんだ。これからはこいつの望む通りになんでもしてやる。柔らかく抱き締める事も、優しくキスをするのも、愛しさで包み込むようなセックスも―――


パシ、ン。


乾いた音が、静かな教室内に響いた。
それは再々度の、拒絶だった。

白い手に叩かれた俺の右手は、行き場を失って空中に不安定に浮いた。
視線が、その節くれだった自分の手先に移る。


また、だ。
頭がキーンとする。鼻の奥がツンとする。瞼が異様に熱くなって、視界がぐにゃりと歪んだ。
そこではじめて、自分が泣きそうなんだと言う事に気付いた。

二度も振られて泣きそうになるなんて、扉の前で気絶している神崎よりよっぽどかっこ悪い。

一人俯いて、自嘲の笑みを浮かべた時だった。


「…………ぃ」


聞き間違えかと思うくらい、か細い声が聞こえた気がした。
不思議に思って顔を上げる。グッと奥歯を噛み締めて涙を流さないようにしている俺の視界に写ったのは―――。


涙、だった。


「………怖い、んだ」


冷たい目付きの無表情のまま、音も無く古市は泣いていた。
悲しいのか悔しいのかつらいのか、それさえも分からない涙だった。

呆然と立ち尽くす俺に、古市はゆるりと立ち上がって、涙を湛えたままの瞳で俺を一瞥する。
そしてそのまま、俺の横を音も無く通り抜けて行った。


俺は泣いた。
あの時と同じように振り返って、その華奢な背中を見詰める事はしなかった。

俺はもう、古市が二度と振り向かないのを知っていた。









――――――――――



男鹿視点と言うリクエストを頂いて、必然的に悲恋だなと思っていましたが、なんだか予想以上に暗くなってしまいました…。
せっかく頂いた神古と言う素敵なリクエストを活かせ無くて申し訳ありません。神崎君、完全にモブだよぉ…。

奈智様、遅くなってしまった上に、このような歯切れの悪い作品になってしまって非常に申し訳ありません…。
報告を頂ければ、いつでも書き直し致します。

リクエストありがとうございました!


…あと分かりにくい内容ですいません。
神崎くんの扱いが可哀想過ぎたので、その弁解も含めて解説なんかを作りました→解説と言う名の反省会
(※世界観を壊してしまうかもしれないので、嫌な方は観覧をお控え下さい。)










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