前兆は何度もあった。ただ、その些細でまさしく俺ぐらいしか気付けない部分を何度も見逃していたのは、少しの油断と、古市の、たぶん優しさのせいだった。


「おばさん、あと一時間もしたら帰って来れるからそれまで大人しくしてろだと」


見慣れた部屋、見慣れたベッド、そこに横たわるのはまたもや見慣れた華奢な肢体。
学校でぶっ倒れた古市を家まで運んで来て、共働きの古市のおばさんに連絡を取れば、少し驚いた様子で今からすぐに向かうと言われた。おばさんが驚いたのはたぶん古市がぶっ倒れた事じゃなくて、俺がそんなになるまで古市の変化に気付かなかった部分なんだと思う。学校から熱い温もりと共に背負ってきたままの罪悪感が重く感じた。

思わずすいませんと謝ったら、なんで辰巳くんが謝るのよ、と苦笑まじりの返事が返ってきた。そっちに着くまで貴之のことお願いね。さらにそう続けながら。


風邪なんて俺自身めったにひいたことがないから、とりあえずそれらしい薬と水とタオルを持って来た。ベッドに運んだ古市は汗に濡れていて、燃えるように熱かったのを思い出す。


「おぉ…わりぃな」
「そう思うんだったらぶっ倒れんな」


赤い顔で困ったようにふにゃりと笑う古市を見て腹が立った。
こいつは、いつもこうだ。強くもないくせに無駄に強がって中々自分から弱い部分を晒さない。本当は人一倍脆いのに、それを隠そうとする。それが古市の『優しさ』らしい。俺にとっちゃそんな優しさなんてクソくらえだが。

とりあえず家に置いてあった市販の風邪薬を飲まして大人しく寝かせておく。汗をかいていたが熱に浮かされてフラフラのこの身体じゃ風呂は到底無理なので、かわりに乾いたタオルで身体を軽く拭ってやった。


「っはは、くすぐってぇよ」
「我慢しろアホ。大人しく寝とけ」
「無理だってこれは、っちょ、くくっ」
「黙ってろバカ」


小刻みに震える顔の額に軽く拳をあてた。白い身体をなぞる感触に不思議とやましい気持ちは湧かない。どちらかと言うと、ベル坊のオムツを代えてる時みたいな、父性の感情の方が強かった。

じゃれてるような言動とは裏腹に、古市の身体は異常なほどに熱い。たぶん熱を測ったら今まで見たことない数字が出てくるだろう。その証拠にでかい目は熱におかされて不安定に揺れていた。


「…男鹿」
「あん?」
「……わりぃな」


初めて病人らしい表情を見せてそう呟く古市の目元は赤い。さっき飲んだ薬の副作用もあるんだろう、とろんと眠たそうな顔付きになっている。


「わーったから、もう寝ろ」


赤い目元を隠すように片手で覆えば、すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。冷たい水に濡らしたタオルを額に乗せて、再び吹き出してきた汗をひたすら拭う。古市の寝息はまだ暑く荒かった。


ふと、随分前に古市のおばさんが言った言葉を思い出す。確かあれは小学生の時、いまと同じように古市が風邪でぶっ倒れた際に言われた言葉。


『貴之はね、たとえどんなに身体の調子が悪くても私たちに言ってくれないの。たぶん、迷惑掛けたくないからなのかな。ほのかがね、昔から身体弱くていつも大変だったから。ほんと子供のくせに変なところで気遣うんだから。少しは母さんを頼ってほしいのに』


そう呟いたおばさんの表情が少し寂しそうだったのを覚えている。それが今なら分かる。そして古市のその『くせ』は未だに直ってはいない。


『辰巳くん、悪いんだけどあの子のことみてて貰えるかしら。辰巳くんならあの子のそういうとこ、分かる気がするの』


おばさんに何の根拠があったのかは知らない。その時の俺はただの正義感からただ頷いていた。古市は俺が守ってやらなきゃいけない、ただそれだけの気持ちで。
でも今は少し違う。守ってやらなきゃいけない存在ではあるが、それ以上に義務を超えた感情がある。その感情はきっと、静かに眠るこいつの顔をみて胸に広がる温かい気持ちに似ているんだ。


「早く治せよ」


顔にかかった前髪をはらうついでに軽く髪をすいてやれば、くすぐったそうに火照る身体が身動いた。小さく唸るその口になだめるように唇を落とせば、熱にうなされてよった眉間がふっと緩む。
くさいかもしれないがこれが俺の『優しさ』だ。だからせいぜい、お前は俺の優しさを有り難く受け取りやがれ。




――――――――――



マカ様大変おまたせしました(汗)おがふるなのにあまりおがふるが絡まない事に定評のある我がサイトですすいません。
古市の優しさは自己犠牲から成り立ってる気がします。実は男鹿もそうだったり。そんな不器用過ぎる二人が大好きです^^
リクエスト有難うございました!






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