初恋は案外早かったかもしれない。なんだよその妥当だろっていう目はさ。
そりゃ女の子は昔から大好きだったけど、その初恋はよりによって男で、しかも隣でアホ面晒しながらアイス食ってるこいつなんだから、少しは同情の余地もあったっていいじゃないか。


「なんかすげーむかつくこと思い出した」
「おととい振られたことか」
「ちげーよ!つーか振られてねーし。ちょっとナンパ失敗しただけだし」


膝から先を冷水に突っ込み、腹いせにばしゃばしゃと駄々っ子のようにばた足をした。飛び散る水滴は照り付ける日光をきらきらと反射して、そのままビニールの壁や芝生に飛んで行く。

いつかベル坊が高熱を出した時に使った簡易ビニールプールは、俺にとってあまりいい思い出のあるやつじゃなかった。まだこの浅いプールに入ってた幼稚園時代の頃、隣にいたのは今と同じ男鹿で。

俺は小さいころ水泳が大の苦手で、泳ぐなんて言語道断だった。たまたま旅行に行った海で溺れて、それからと言うものの水への恐怖心が人一倍強くなってしまったからだ。簡易ビニールプールを持っていた男鹿の両親が気を効かして貸してくれたが、それでも怖くて仕方がなかった。


「つか、まだあったんだなこのプール」
「おー。俺も忘れかけてた」


出来ればそのまま全部忘れてしまった方が嬉しいんだが。
半べそをかきながら入ったこの小さなプールで、男鹿は妙に熱心にインストラクターをしてくれた。最も、腕をひいてくれたりうまい息継ぎのやり方を教えてくれたり、そんな程度のものだが。
水面に顔をつけるのが怖くて思わず男鹿の手を強く握ったら、「だいじょぶだ」と頭を優しく撫でてくれた。手を繋いだまま思い切って水中に潜れば、ゆらゆらと揺れる視界の中で、目の前で嬉しそうに笑う男鹿の顔だけがはっきりと浮かんでいて、その時にはもう、水に対する恐怖心なんてどこかに消えてしまったのを覚えている。

手を繋いだまま水面に上がった俺たちを見て、おばさんたちは「あらあら、仲がいいのね」と麦茶を飲みながら笑っていた。なんとなく気恥ずかしくなって繋いだ手をそっと外そうとした時に、「だってたかゆきのことすきだから」と爆弾発言をされ、耳たぶまで赤くなったのを覚えている。いま考えれば俺はあの頃から変に純粋で、男鹿はあの頃からナチュラル暴君だったんだと思う。


「お前昔泳げなかったよなそういえば」
「溺れたトラウマはそう簡単には克服出来ねぇんだよ」
「まぁ、泳げない訳じゃなかったな確かに」
「むしろ小学生の時はお前より速かったしな」


シャリ、と溶けてきたアイスキャンディを口に含む。目前に広がる澄んだ空のような爽やかなソーダ味が冷たく口内に広がった。


「お前もうナンパとかすんな」
「はぁ?なんでだよ」


ガリガリとアイスを消化する男鹿の腕は俺と違って健康的に焼けている。日に当たっても焼けずに赤くなってしまう体質の俺は、夏場は日焼け止めと帽子が欠かせない。そんな俺を嘲笑うかのように、真上から照り付ける陽の光は鋭くて痛い。


「するなっつったらするな。ムカつくから」
「お前には関係ないだろーが」


なんで今になってあの時の男鹿の言葉が蘇るのか。あんなのはただの幼少期のちょっとした過ちだ。男鹿も、俺も。そりゃ別段仲が良くて、なぜかお遊戯会やフォークダンスでペアになったことがあったとしても、それはもう昔の話であって。
俺も男鹿ももう、昔の自分ではなくなってしまっていて。


『だってたかゆきのことすきだから』


それでも未だにあの言葉を忘れられない俺がいる。好意の言葉以上の意味で受け取って舞い上がったあの頃の俺がいた。そしてそれは、十年以上経った今でもかわりなく俺の心をくすぶっているということも。


「結婚するか、古市」


食べ掛けのアイスがはずれの棒をつたって地面にぼたりと落ちた。そこにこれ幸いと群がる蟻をぼんやりと見ながら、俺は必死にいま聞こえた言葉の意味を考えていた。

どうしてこの時、すぐに「なにいってんだよ」と笑い飛ばさなかったのか、そう後悔した時にはもう遅かった。俺の心境は足を突っ込んだプールの水面のように荒れていて、カモフラージュの仕様がない。一言で言えば惨めだ。十年以上隠してきた思いがこんなにあっさり紐解かれてしまうなんて。智将が聞いてあきれる。

そんな俺の心境とは裏腹に、男鹿は俺の手を引き、手の甲に落ちたひとかけらのアイスを器用に舐め取った。肌を滑ったのは冷えた舌なのに、触れられた部分がどんどん熱くなる。もう訳が分からない。いっそのこともう全部この暑さのせいにしてしまいたい。男鹿がへんなこと言い出したのも、俺の顔が異様に暑いのも、全部全部暑さのせいだ、と。


「結婚するか、古市」


二回目のその言葉は、先ほどより増して溶けそうな甘さを孕んでいた。わしゃわしゃと髪を撫でてくる掌に、「ばっかじゃねーの」と震える声で返すのが精一杯だった。


「ほんと、お前って馬鹿。結婚とか、その前にやることいっぱいあんだろ…っステップ飛び越してんじゃねーよ、」


自分でも何を言ってるのかわからなかった。けど、男鹿の髪を撫でる掌や、湿った目尻を拭う指の感触に、どうしても理性より感情が溢れ出てしまう。押さえられる自信はもう、なかった。


「お前が好きだ、古市」


どうやら馬鹿は、俺の方らしい。






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ユン様大変お待たせ致しました!
なんだかただのバカップルになってしまいましたすいません…
こんなのでよろしければ受け取って貰えると嬉しいです。
リクエスト本当に有難うございました!






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