※大学生設定




一緒に住んでいいか、なんて考え無しに聞いてきた男鹿にも呆れたが、さして間を開けずに二つ返事をした俺も大概おかしいと言うか馬鹿だ。


東京への上京はもちろん大学行く前から考えていたし、その為に志望校を都内の大学にしていた。
だけどまさか小さいころから飽きるほど一緒にいた男鹿まで付いてくるとは、脳内キャパを軽く超える緊急事態だ。
でもルームシェアなら家賃は半分で住むし、なにかと独りより二人の方が都合か良いかもしれないと両方の親に納得されてしまった手前、いまさら前言撤回する訳にもいかず、

ふと気が付いた時にはもう、俺と男鹿は腐れ縁から同居人という関係に転化してしまっていた。





「あ、雨」


大学の講義の帰り道、鼻先に当たるポツポツと冷たい感触に上を見上げれば、いつの間にか曇天が空一面を支配していた。
様子見で近くのコンビニに入ってみたけど、雨足は弱まるどころかますます強くなるばかり。
仕方無しに通常よりだいぶ高いビニール傘をコンビニで買い、激しい雨と風が襲う中、俺の足は家の近くのスーパーへと向かった。
男鹿と一緒に暮らしているアパートの部屋は部屋数は少ないが、両親の仕送りもあり二人で暮らすには十分だった。
そして大学生である俺は家事全般を担っており、男鹿は東京に出てきて見付けた建設業の仕事に就いている。
力が有り余ってる男鹿には丁度いい職なのかもしれない。

いつもより少し遅めに部屋へと帰った。
外はゴウゴウと風の音がひっきりなしに響いている。
急いでびしょ濡れの洗濯物を取り込んで雨戸を閉め、ようやく夕飯の準備に取りかかった時には時刻は既に夜9時を回っていた。

弁当買ってくれば良かったかもな、とスーパーの袋から卵のパックを取り出した丁度その時、凄まじい轟音が響き、部屋が一瞬にして暗闇に包まれた。


「うわ、停電かよ」


雷もだいぶ近くに落ちたみたいだった。
真っ暗の中で夜目が聞かず、懐中電灯を探そうとした足は何かに躓いてずっこけてしまう。
下手に動かない方がいいのかもしれない。
電気がすぐ復旧してくれる事を信じて俺は近くのソファにうずくまった。

その途端、水を打ったように部屋が静寂に包まれる。
雨が雨戸に当たる音や風が窓を揺らす音は、どこかぐぐもって聞こえた。
ひとり、だ。
たまにあった停電に怯えるほのかの声も、苦笑しながら大丈夫と言う母さんの声もここにはない。
右も左も分からない暗闇の中で俺はいまただのひとりだ。
そう考えたら途端に正体不明の焦燥に包まれて自分のポケットをまさぐって携帯を探す。
だけどお目当てのそれはなかった。
部屋に帰ってきたときどこかに置いてしまったかもしれない。
そう察した途端、今度は耳の奥がキーンとした。
得体の知れない焦燥はやがて得体の知れない不安へ転化していく。
けどなにが不安なのか分からなくて混乱する思考の中、俺はただ立てた膝に頭を乗せて子供みたいに縮こまる事しか出来なかった。

なにか声が聞きたかった。
何でもいい、誰か人の声が――


「…早く帰ってこい、ばか男鹿」


暗闇の中呟いた俺の言葉に返事をしたのは無情にも雷だけで、一瞬部屋を突き抜けるほどの光と直後に鳴り響く轟音に自分でも肩がはねあがった事が分かった。
ひっと息を飲む。
雷なんて怖くなかったのに、ましてや暗闇なんか平気だったはずなのにひとりになるとこんなにも恐ろしく感じるものなんだろうか。
寒さだけではない震えが止まらない。
止まらない雷にぎゅっと強く目を瞑った途端、待ち望んでいたその声が静まり返った部屋に小さく反響した。


「古市…?」


その声に反応してばっと頭を上げる。
けど返事を返そうとして口を開いたそこから出たのは、掠れた声ともつかない声だけだった。

おが、ここだよ。
心の中で必死にそう叫ぶ。
でも部屋は相変わらずの静寂で、たまらず目頭が熱くなりかけた途端、かぎなれたにおいに身体をふわっと包まれた。
間違うはずもない、紛れもない男鹿のそれだ。


「お前いるんならちゃんと返事くらいしろよ。なんで答えなかったんだ」
「……わりぃ」
「まさか怖くて泣いてたのか?」
「な、泣いてはない!」
「怖かったのは否定しないんだな」
「……………」


黙りこくった俺に頭上からえ、ウソだろと驚いた声が聞こえてそっぽを向いた。
電気が付いてなくても分かる、確実にいまの俺の顔は真っ赤だ。


「いやーまさか古市くんが雷怖いとはね。かわいいとこあるじゃねーか」
「……ちげーよ」


違う、雷も暗闇も全然平気だったんだ。
ただ、本当に怖かったのは


「ひとりだって事が怖かったんだ」


声が回りにないだけでこんなにも寂しく怖いということは知らなかった。
いや、知りたくなかった。
結局俺は誰かが一緒にいてくれないとこんなにも子供みたいに怯えてしまうんだ。
部屋がまた静寂に包まれる。
後ろにいる男鹿が動く気配がして、頭にそっと手を置かれた。
ぐずる子供をあやすみたいに頭を撫でられむっとしたが、それ以上に掌から伝わる温もりに馬鹿みたいに安心している自分がいた。


「遅くなっちまって悪かったな。弁当買って来たんだ。この天気じゃお前飯作れないと思ったからさ」


だからこれ食って風呂入って一緒に寝よう。
頭を撫でていた掌はいつの間にか俺を後ろからぎゅっと抱き締めていた。
そしてようやく、部屋にあかりが灯った。





「そっち行ってもいいか?」


一緒に寝る約束したしな、と男鹿は湯上がりの身体のまま俺のベッドに転がりこんできた。
壁と男鹿に挟まれて正直狭い。
近すぎる距離に慌てて背中を向けようとしたが、それより早く身体に腕を回されてしまって身動きが取れなかった。
落ちるから、という理由でぎゅっと男鹿に抱き締められる。
一人用のベッドに男二人が寝るのはだいぶ無理があったけど、隙間なく抱き締められてるせいか男鹿の身体が宙に浮くことはなかった。

ただ超至近距離に男鹿の顔があってすっかり夜目の効いた目は男鹿のそれを見てしまう。
すっと通った鼻筋に意思の強い瞳。
自分の外見とは違う男らしい顔付きに不覚にもドキッとしてしまう。
それに気付かれないように慌てて下を向けば男鹿の胸に頭を押し付けてるみたいな体制になってしまう。
けどがっしりと回された腕に一ミリも身体を動かす事が出来なくて、もうやけくそだと半ば強引に頭をすり付けた。
身体中を男鹿のにおいと温もりに包まれて頭がクラクラしそうだ。

バクバク鳴り響く心臓と真っ赤になっている顔に気付かれないか心配だったが、やがて頭の上から小さな寝息が聞こえてきた。
外は未だに雨と風がビュウビュウと鳴っていたが、不思議と部屋は静かに感じられる。
それはさっきとは違ってひどく安心できる静寂だった。

そのまま男鹿の寝息に誘わせるようにゆっくりと目蓋を閉じた。
明日晴れることを祈りながら。





――――――――――



計画停電中の時に思いついたネタです。
ひとり暮らしで停電は誰でも怖いと思ったので。
私なんか妹がすぐそばに居たにも関わらず泣きそうでした←
でも東電のためだもの、暗闇怖くても頑張るよ。
ついでに優男前な男鹿とツンデレな古市を目指したつもりですついでに。

二度寝様、素敵なリクエスト有難うございました!






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