あれから更に一ヶ月が過ぎた
相変わらず校門に見慣れた学ランは見当たらない
変わったといえば校門をくぐる生徒たちの服装だけが、段々と厚いものになったくらいだ
その一人である俺も例の如く鼻先をマフラーに埋める
そういえば完全装備の俺とは反対に、あいつは学ランだけでピンピンしてたっけ
脳裏に浮かぶのはいつかの雪の日
今はいないもう一人の親友を思い出して胸の奥がすくんと痛んだ


(あぁ、そういえばあの時も)


あの時の男鹿も、そうだったっけ
理屈だとか利己心とかそういうもの全部抑え込んで、相手が一番傷付かない方法を選ぶ
力しか取り柄がないと思われがちなあいつの、不器用でどうしようもない優しさ
それが悪いとは思わない
でも、じゃあそこにお前の感情は?
お前が一番望むことは果たして入っているのか?
後先云々考えるより目先だけを見るまさしく獣みたいに動くお前が俺は好きなんだけど、まぁそんな事言える訳もなくて
言える権利なんて、俺にはなくて


男鹿は獣と言うにはあまりにも優しいくて、聖人と言うにはあまりにも手が早くて凶暴だった
飽きるほど長い時を過ごしたと言うのに、男鹿の代名詞を考えることすら出来ない
本当にあいつは昔から難しい顔をしながらやることは至極単純だったな
でもどうしてだろう、その至極単純な事が俺にはどう足掻いたって成し遂げられそうにもないんだ

でも、それでも
例え俺があいつみたいにはなれなくても、俺しか出来ない方法で男鹿の守りたいものを護りたいんだ
だってその延長線上にあるのはいつだって、俺なのだから
自惚れている訳じゃないけどそれだけは分かるから
分かってるから


















「男鹿」


こういうのを一般的にデジャヴと言うのだろうか
一ヶ月前より微塵も変わっていない男鹿が、あの時と同じように目を見開く
でもあの時とは違って俺は一歩、男鹿の元へ足を踏み出した
また男鹿の多少強引なやり口で被害を受けたくない
一ヶ月の間に俺が出した答えを、ちゃんと受け止めて欲しかったから


「なぁ男鹿。俺がさ、この一ヶ月の間なにやってたと思う?」


まさかの俺からの問いかけに男鹿は多少面食らったようだった
それもそうだ
この状況だと普通、聞きたいことがあるのは明らかに男鹿の方だ
それを分かっててあえて俺は話を続ける


「ひたすら勉強してたんだぜ、きちがいみたいに。家庭教師とかも雇ってもらって、たぶん人生の中で一番しんどい一ヶ月だった」


人生なんてまだ15年しか過ぎてないけど、それでもこの一ヶ月は本気できつかった
そしてその努力の結晶とも呼べる一枚の薄っぺらい紙を男鹿に差し出す


「さすがに進学校だけあって校内一位の座はなかなか大変だったぜ」


一ヶ月で山ほどいるガリ勉を全員抜かすためになんでもやった
もちろん、こんな名誉のためにこの一ヶ月を勉強に費やしてきた訳じゃない


「けどな、こんな薄っぺらい紙の一枚の価値なんてたかが知れてる。俺もただこんな称号が欲しくて一ヶ月無駄にした訳じゃねぇ。でもな、たとえ俺らが価値のない称号だと思ってても、馬鹿みたいに学力を求める学校にとってはこれは水戸黄門でいう紋所になるんだぜ」


笑えるだろ
お前が頑なに崩さなかったプライドより、こんなものの方が価値が高いんだぜ
間違ってるよな、人間
でもこれが俺の持てる唯一と言ってもいい武器なんだ
武器には相性がある
今回はたまたまお前の持ってる武器とは相性が悪かっただけなんだよきっと


「俺はお前が思ってるほど弱くもねーし諦めも悪いし自己中だ。だから俺はお前のその思いやりみたいな遠慮もありがた迷惑だと思ってる」


だから今度は、今度こそは自分に素直になれよ

そう言って何も言い返せない男鹿を一人置いて、俺はあの時と同じく踵を返した
後はもう、男鹿の決める選択に全てを委ねよう
学年末考査の結果が書かれた用紙を無造作に鞄の中に入れて、俺は再び雪のちらつく帰路を一人で辿った





















清潔な印象を感じさせる淡い茶色のブレザーを着た生徒が次々と校門から出ていく
しかしそこにたった一人だけ全く正反対の真っ黒い学ランを着た男が佇んでいた
周りのひそひそ話など気にも止めないそいつはあまりにも堂々としているので、思わず軽いため息が出た


「相変わらずだなお前のその神経の太さ」
「世辞はいらねーぞ古市」
「いや嫌味だよ」


お前そろそろ分かれよと苦笑する
そしたら男鹿が口角を少し上げて笑った
それがなぜだか凄く眩しく感じて堪らず目を細める
こんな些細な光景が、当たり前のはずだった日常が、こんなにもきらきらしていたなんて気が付かなかった
数秒、もしくは一瞬だったかもしれない
おちていた思考が俺の手首を取った男鹿の体温を感じて浮上した
そのままごく自然に手をひかれる
不思議なことに男鹿の隣で歩く身体が凄く軽く感じられた


「今日はあんまんの気分だ古市」
「えー、俺鯛焼きが食いたい。尻尾まであんこたっぷりなやつ」
「鯛焼きもあんまんも違わないだろ」
「違う。俺の中じゃブロッコリーとカリフラワーぐらい違う」
「その基準が俺には分からねぇ」


あぁでも、確かにあんまんもいいかもしれない
仕方ないから今日は俺が妥協してやるよ
ただし明日は絶対に鯛焼きだからな
あと久しぶりにお前の好きなコロッケも食いたいから明後日は商店街によって
あぁなんか新しくゲーセンが出来たみたいだからそこにも寄って
それから、それから―――




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