※古市が第一志望の高校に通っている設定です





男鹿が土下座をした
いつも人を地面に這いつくばらせて高笑いをしてるあの男鹿が、土下座をした
よりによって目線だけ上で大事なところを見ようともしない、あいつが最も嫌いそうな教師に向かってだ

男鹿が悪いんじゃない
しかし喉まで出かかったその言葉は、音へと昇華されてはくれなかった
男鹿が喧嘩を売られるのだって、必然的にいつも男鹿とつるんでる俺が巻き込まれるのだっていつもの事だ
ただ俺が早々に推薦で合格した私立高校は、こういういざこざを酷く嫌っていた

呼び出された職員室には合格を決めた有名私立高校の先生と、居心地悪そうに佇む俺たちの担任
理屈ばかり並べるその先生の話を俺たちはただ黙って聞いていた
そしてその先生の話がようやく一段落付いたその時、男鹿は無表情で地に頭を付けた
なにも言わずにただ深々と
その予想出来なかった男鹿の行動と身体から滲みでてくる気迫に、俺はもちろん回りの先生も何も言葉を発することが出来なかった

そうして俺は、男鹿の土下座のかわりに小綺麗な制服を着る権利を得た

胸に光る校章を周りの人が見れば、土下座ひとつ安いものだと思われるかもしれない
だけど俺はそうは思わなかった
男鹿の今まで培ってきた崩されることのない部分を削ってまで、果たして俺は男鹿のいない高校へ通う価値はあったのだろうか
男鹿が守ったのは、俺が目指したのは、一体なんなのだろう
誰の為なんだろう



清潔な印象を感じさせる淡い茶色のブレザーを着た生徒が次々と校門から出ていく
しかしそこにたった一人だけ全く正反対の真っ黒い学ランを着た男が佇んでいた
周りのひそひそ話など気にも止めないそいつはあまりにも堂々としているので、思わず軽いため息が出た


「お前のそういうとこ、素直に尊敬するよ」
「なんだ今更気付いたのか古市」
「嫌味くらい分かれ馬鹿」


馬鹿とはなんだとつっかかって来そうなのをなんとか抑えていつもの帰路を二人で辿る
制服だけでも十分浮いてんだ、これ以上目立った真似は両者に取ってもタブーだ

同じ制服を着ていたころと変わったのは、こういう周りの目を気にするところだった
ただまぁ相変わらず二人でくだらない事を喋りながら帰っているのだから、何かががらりと変わった訳じゃない
適当にぶらつきながら小腹が空いたらコンビニによって、またぶらついてどっちかの家で適当に過ごす、の繰り返し
今のところ大きく変わったところは別段なかった、はずだった


「男鹿ァ…今日こそぶっ殺してやるぜッ!」


近くの公園を歩いていた時、前触れもなく金属バットを持った不良が背後から襲いかかってきた
驚いて後ろを振り返るが、瞬時に反応した男鹿の背中に隠されてしまう
鈍い音がしてその男が地面に沈んだのが分かったが、ほっとするのも束の間、背後から右手を掴まれて強い力で引っ張られた


「な……っ!!」
「古市!」
「この制服、あそこの坊っちゃん校のやつじゃねーか」


放せと抵抗したものの有無を言わさないその太い腕に羽交い締めをされてしまう
煙草臭い息が頬をなぞり不快感に眉をしかめる
気が付かない間に周りを大勢の不良に囲まれていた
俺を捕まえてるこいつは主犯格らしく、周りのやつに「やっちまえ!」と指示を出した
その瞬間男鹿に飛びかかる大勢の不良
さすがの男鹿もその数の多さに苦戦しているようだった
その様子をみて男は下衆な笑いを浮かべながら呟く


「あんなやつとつるんでるなんて、よほどの物好きだなお前」


なにも知らないくせにそんな口を叩かないで欲しい
その思いを込めて相手を睨み付けたが、そんな事で押さえ付ける腕の力は弱まってはくれない
むしろその攻撃的な視線に男は気をよくしたのか、懐から鋭く光る物体を出した


「立場ってもんを分かってないようだなァ」


やけに粘着性のある口調に反吐が出そうだった
ぴったりと頬に付けられたナイフの冷たさに顔をしかめる
男はその表情を恐怖からくるものだと勘違いしたらしく、調子に乗って刃物の側面を俺の顔へそろそろと這わせた
こんなの怖くもなんともない
そう思っていたのに頭に浮かんだのはなぜか地面に額をすりつけるあの時の男鹿の姿だった


「そいつに触んな」


俺の思考を奥底から揺さぶるような低い声が地を這った
次の瞬間、頬に感じていたナイフの冷たさと身体を覆う圧迫感から解放される
はっと瞬きをした先にいたのは男鹿で、今まで俺を羽交い締めにしていた男はこれでもかというくらい地面にのめりこんでいた

一瞬だけ男鹿がこちらに顔を向けて視線が交わる
だがすぐにそれは外されて代わりに左手首を強く掴まれた


「帰るぞ」


男鹿が不機嫌なのは明らかだった
普段こんな風に不良に襲われることは頻繁にあったし、結局は男鹿が助けてくれるのだから気にも留めていなかったのに、今日の男鹿はどこか違った
なにがどう違うのか、はっきりとその違和感の原因を述べる自信はなかったけど、でも違った
その原因不明な違和感を抱えながら、俺は早足で歩く男鹿に半ば引き摺られる形で帰路を辿るほかならなかった













それ以降、男鹿は俺の前に姿を現さなくなった





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