トゥルルル…


耳に当てた携帯から聞こえるコール数をどこかぽっかり穴の空いた心の中で数える
規則正しく鳴り響くそれは、やがて無機質な女性の声に変わった
ため息をついて電話を切る

あれから一週間
電話やメールもしても男鹿からの返信は全くなかった
直接家に行けばいいんだろうけど、間接的な連絡をここまで完全に拒否されている手前、直接男鹿に会いに行けるほどの勇気をその時の俺は持っていなかった
明白とした原因が分からないため、何を言われるのか全く予想がつかない分、怖かったのだ
ただ一つだけはっきりしているのはあの時感じた違和感
それが男鹿の家へ向かおうとする足をその場に縫い付ける
そして毎日俺は校門の側に姿勢悪く立っている真っ黒の学ランの姿を、ただぼんやりと捜す事しか出来なかった

なにも変わらないと思ってた
かわるはずがないって、思ってた


「かわるって、なんだよ」


吐き捨てる様に呟く
なにが一体どう変わったんだ
携帯を握りしめながら自分に問う
なにを根拠に、俺たちが変わったって言えるんだ
むしろ飽きるほど繰り返してきた日常の中に違和感を感じた俺の方が、変わってきているんじゃないか
俺は男鹿に着信拒否されたくらいでこんなうじうじするようなやつだったか
違うだろ
俺たちは正反対に見えて根本的な部分は馬鹿みたいに同じだったはずだ
こんな単純明快な事実すら、危うく忘れるところだった












「男鹿」


同じ真っ黒の学ランの波からでも、男鹿の姿は一目で分かった
そして相変わらず癖の強いその髪が動揺でふわりと揺れた
一瞬見開かれたその黒目は直ぐに険しいものとなって、俺は無言のままの男鹿に手首を掴まれて荒々しく引っ張られた
そのまましばらく行ったところで手を放される
厳しい表情のままゆっくりと男鹿が振り向く
視線を交わすことすらどこか懐かしい気がした


「お前、なんであんなとこにいた」
「お前が道を忘れてこっちに来れなくなったみたいだから、俺が直々に迎えに行ってやったんだ」
「ふざけんじゃねーよ!あそこがお前にとってどんだけあぶねーとこか、お前も身をもって知ってんだろ」


4cm上にある瞳に鋭く射られる
たぶんそこらへんの不良なら失禁してもおかしくないくらい、男鹿の表情は険しかった
だけど俺にとってはこんな脅しめいた顔なんて屁でもない
お前の思惑には乗らないと気丈に睨みかえす
そしてその瞳が一瞬だけ揺らいだのを、俺は見逃さなかった


「だから避けてたのか」
「……っ」
「俺があそこの生徒である限り問題を起こせばただでは済まないから、だからお前は俺を避けたのか」


ぶれのない口調で言い放つ
男鹿は眉間に深い皺を刻んだまま何も言い返してこなかった
否、言い返せなかったのだろう


「俺が喧嘩に巻き込まれる事なんて今更だろ。それともあれか、俺一人守れないくらいお前の腕は鈍ったのか」
「…お前だって分かってるだろ。また問題を起こせばそれこそどうなるか分からねぇ。あの時みたいにはもう、いかねーんだぞ」


あの時、と言われて以前額を床に付けた男鹿の姿を思い出す
あの時、俺はなにも出来ないでいた
自分の問題なのに男鹿の力に頼っていた
確かに喧嘩に巻き込まれた原因は不可抗力とはいえ男鹿だ
その尻拭いをする役目は男鹿かもしれない
だけどそんなこともうとっくに承知して、それでもこいつの側にいようと思ったのは他の誰でもない、俺自身の意思だ


「……むかつく」
「は?」
「そうやってなんでもかんでも一人で解決しようだなんてむかつくって言ってんだ。俺は自分の尻を拭えないほど弱くねぇ」


お前にとっての武器がその拳だとするなら、俺は俺なりの武器があるんだ
だからなんでもかんでも一人で背負いこむんじゃねーよ


「お前だけかっこいい思いはさせねーよ」


今にみてろよ、と挑戦的に言い放つ
不思議と自然に口角が上がっていた
そのまま踵を返し帰路につく
きっと背後にいる男鹿はそれはそれはアホな面をしている事だろう


そうだよ、そのいつも何考えてるか分かんないようなすました顔、俺の前くらい外せばいいんだ
なにもかも抱え込んでどうしようもなくなったら、素直に俺に吐き出せばいいんだ
喧嘩は弱いかもしれないけど、お前一人の肩を支える事くらいは、出来るのだから


家へと向かう足取りは、今までで一番軽い様に感じた





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