あ、やばい、なんて思った時にはもう遅くて、視界は揺りかごみたくぐわんぐわんめまぐるしく回って、次に意識がはっきりした時には俺はもう、さして綺麗でもない学校の廊下とこんにちはをしていた
強かに打った額がヒリヒリする
冷たいリノリウムの廊下と接してるところは、数枚の服を間に挟んでいるというのに、冷たくってなんだか悲しい
脳内はまだ衝撃を吸収できてないのか、鈍い音がいつまでも反響している
痛い、なんて感覚がようやく神経を伝って来たときにはもう、俺の体温は五度くらい下がってるんじゃないかと思うくらい、冷えきってしまった

なんだか何をするにも億劫で、その端から見たら心底情けない恰好のまま、俺は瞼を閉じた
右耳が直接床と面していて痛いくらいに冷たい
そこから伝わってくる振動は、きっとどこか遠くではしゃぐ生徒のものだろうか
ここに向かう足音は、ひとつもない

いい加減立とうして、断念する
身体に一ミリも力が入らない
せめて廊下にぶっ倒れてるだけのこの体制はなんとかしたくて、ありったけの力を込めた
けどそれがまずかったみたい
三日前に置いてきたあの激痛が、ふつふつと胃の奥から沸き上がってきた
あ、やばい、と本日二回目のフレーズが頭に浮かんだ時にはもう、一週間苦しんだあの激痛が大波となって、容易く俺を呑み込んだ


「――――ッ!!」


あまりの痛みに叫び声すら出てこない
腹に蘇るあの痛みが、数人の男にめちゃくちゃに蹴られたあの光景が思い浮かんできて、胃がひきつる感覚がした
どんどん下がっていく体温とは裏腹に、喉の奥は灼熱の塊を孕んでいるのかと思うくらいに、熱い
ぎりぎりと爪先で廊下を引っ掻く不快な音が響く
心臓は警報のようにばくばく胸を叩く
唇で紡いだ名前は、あの時と同じで音になってはくれなかった


「ふるいちっ」
「ッ………!」


どんどんどんと、俺の心臓に合わせて足音が近づいてくる
なんで、だっておれ呼べなかったよお前のなまえ
なのにどうしてわかんのかな
やっぱお前ってすげーや


「おい、古市!まだ痛むのかよ腹」
「だ…め、はなれ…」
「なんでだよ」
「…………は、きそう…」


てかほんとのほんとに吐きそう
マジでやばいから、なぁ頼むよ男鹿、あっち行っててくれ
惨めな俺の姿なんて見ないでくれ
男鹿は俺と違ってきれいなんだから、俺なんか見ちゃだめだ


「ばかやろう。つらかったら言えって言っただろ」
「やだ、や…だよ……男鹿ッ」


抵抗とも形容し難い抵抗を試みるが、そんなのが通用する訳もない
喋ったせいで更に悪化したらしい俺の身体は、ただその時に備えて身体を丸めることしか出来ない
そしたら男鹿の暖かい手が、冷えきった俺の背中に回されてぐいって引っ張られた
冷たくて固いリノリウムの変わりに、暖かくて優しい男鹿の腕に抱かれた
嫌だって言ってるのに、吐きそうって言ってるのに、正面から抱き締める男鹿はやっぱりばかだ
もうこうなったらこいつから腕から抜け出すことなんて不可能なのだから、腹いせにつむじをぐりぐりと肩口に押し付けてやった
そしたらそれ以上の力でぎゅっと抱き締め返されるんだから、呆れてあれだけ荒れていた胃も静まっちまったんだ

お構い無しに押し付けられる体温が、痛くて優しい
灼熱の塊は外気にさらされて熱を失い、俺の両頬をしとどに濡らした






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情けなくぶっ倒れたのは私(寝不足で)



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