「駆け落ちするか」


コンビニ行くか、と同じノリで放たれた言葉に、一瞬遅れて口内のヨーグルッチをぶちまけた
二、三回咳き込んで口の回りに付着する白濁を手の甲で拭う
反射に目の前にいた姫川から顔を背けてしまったが、そのままコイツの顔に向かって吐けばよかった、と今更ながらに後悔した


「ばっっっかじゃねーのお前なに言ってんのついに頭わいたかこのヘチマ!」
「落ち着け、せめてブレスくらい入れろ」


指摘されてから肺の痛みに気が付いて思いっきりむせた
そりゃもう涙目になるくらいに
誰のせいだと目の前のリーゼントを睨んだが、たぶん効力はゼロに等しいだろう

肺に十分な酸素が行き渡ったころ、姫川は目の前のガラステーブルに一枚の写真を広げた
黒い皮張りソファーの上からそれを覗き込む
写真に写る眩しいくらい鮮やかな振袖を纏いしおらしく微笑む女は、美人の類に入るだろう
それと育ちの良さを感じられる気品さも、どこか兼ね備えているように感じた
これはどう見てもあれだ、俗に言うお見合い写真ってやつじゃねーか


「お前こいつと結婚すんのかよ」
「ちげーよ。親父に無理矢理勧められた」
「たかだか18の息子にか?焦りすぎじゃねーのかお前の親父さん」
「18でも結婚出来る年齢だしな。その女の父親は会社のお得意先で良く知ってるし、所帯持って貰った方がなにかと都合がいいんだろ両者とも」


さも興味なさげに吐き捨てる姫川の態度が自分は関係ない、とでも思ってるように聞こえて勘に触る
そりゃー人間だから嫌な事のひとつやふたつザラにあるだろうし、それに対していちいち駄々を捏ねるほどこいつは子供じゃないって、思ってたのだが


「妙に客観的じゃねお前」
「客観的にもなるだろこんな話。馬鹿馬鹿しい」


その言葉、親父さんが聞いたら泣くぞ
でもまぁ親父さんたちにとって俺の存在ほど泣かせるものはないと思うが…あぁなんだかんだいって俺も客観的で楽観的だ
自分にとって不利益な出来事ほど直視しない性質を持つ人間は、つくづく良く出来た動物だと思う


「つーかさ、お前」
「あ?」
「なんでこんなもんわざわざ俺に見せたんだよ」
「そりゃ今の俺の恋人がお前だからだろ」
「お前ってほんと親泣かせだな」
「てめーが言ってんじゃ世話ねーな」


全くだ、と我慢出来ずに声を上げて笑った
そしたら俺の顔を見てぽかんとした姫川が一瞬遅れて同じ様に笑うから、なおのことおかしい
そういえばこいつと睨み合ったり殴り合ったり、それなりに身体を重ね合ったりしたが、二人でこうばか笑いしたのは初めてだった気がする
そう考えたらどこか気恥ずかしくなったけど、まぁたまにはいいかとどこまでも都合の良い頭が解釈した


「あー、どーやってこの見合い蹴ろうかな」
「年齢的に早すぎるっていえば良いだろ。むしろ本当に早すぎだ」
「全員の前でお前にキスすればもうめんどくさい見合い話なんてこないかもな」
「ばっかじゃねーの死ね」


でもまぁ本当にどうしようもなくなった時は、お前の言う楽園とやらにでも逃避行してやるよ



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -