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※アニバブ5話捏造




人間界を滅ぼす。
男鹿にもたれてすやすやと寝息を立てているこの赤ん坊は、その穏やかな表情とは真逆の目的のためにこの世界に降り立った。最も、当のベル坊にその意思があるのかは定かではないが。

この全人類を敵に回す恐ろしい目的達成のために選ばれたのが、俺の腐れ縁にあたる男鹿辰巳だった。生まれ持った強靭な力と相手を挑発するような鋭い瞳のせいで、昔からありとあらゆる人に喧嘩を吹っ掛けられるやつだった。こういっちゃなんだが、力も無くて人受けしやすい顔をした俺とは、向こう岸の存在だ。ただ襲ってくる不良たちを返り打ちにするだけのナチュラル暴れん坊の男鹿に、こんな重要な使命が課せられるだなんて、少し前の俺たちは夢にも思わなかっただろう。

そして俺は心のどこかで、こいつなら大丈夫だろうと根拠の無い確信を持っていたんだ。
男鹿の腕に広がるゼブルスペルを見るまでは。


「またやっちまったな」
「あぁ。…すまん」
「謝んなよ先に。ボロカス言えなくなるじゃねーか」


目の前に広がる、茜色に染まった海空が眩しくて、俯きながらもう一度同じ言葉を呟く。
誰に対しての謝罪なのかは分からない。同じ人間であるのに全人類を滅ぼそうとする魔王の成長を手助けしてしまった事なのか、それとも…
穏やかに波打つ海に、お前はこの平和な世界を脅かしているのだと責められている気がした。


「だから謝んなっつってんだろ!ぶっ殺すぞコラ!…って、なんじゃこりゃあ!?」


振り上げた腕に広がる奇怪な紋様に、男鹿の顔がひきつる。お前あんだけ派手にやっといて今まで気づかなかったのかよ。


「なんだ、今ごろ気付いたのか」
「なっ、なんだとはなんだ!てめぇのせいだろ!てめぇが捕まったから俺がこんな目にッ!!」
「……っ」


心臓が、抉られた音がした。
襟を掴まれて引き寄せられ圧迫感に息が詰まったが、俺にとっては男鹿の言葉の方が何よりも、苦しい。
全人類、世界規模の危機だとしても、いまいち実感がわかなかった。だって無理もないだろ。腐るほどいるその人類の中で俺が今まで出会った人たちなんて、ほんの一握りにも満たないのだから。
俺にとっての世界は、家族や友人や、今まで数々の事を共にしてきた人たちの笑顔で形成されている。そしてその世界の回転軸となっているのが何者でもない、目の前のこいつであると言うことも。
不器用で強いのにどこか危なっかしいこいつは、へそを曲げたように傾いてる回転軸そのものだった。
これが俺の世界。
誰にも邪魔されない、俺の安らぎの場を脅かしていたのは、皮肉にも俺自身だったんだ。


「ごめ、ん・・・」


戦慄く唇がやっとの事で紡いだ言葉は、蚊のなくそれよりも小さかった。
真に恐れていたのは、いま呼吸をしてるこの世界の喪失ではなく、惨めに殻に籠った俺の世界の喪失だった。男鹿という一番身近で絶対的な存在の喪失。それが何よりも怖かった。

男鹿が本当にベル坊と人類を滅ぼして、仮に俺だけが生き残ったとする。だけどそれだけじゃ駄目だ。例え男鹿の意思に反してそれを成し遂げてしまったとしても、もう元のようには戻れない。この世界も、俺の世界も。

もしかしたら、この世界にとって邪魔な存在は俺かもしれない。こんな自己中心的な考えばかりで、俺はちゃんと世界を救おうとしていない。それどころか人類滅亡のカウントダウンを手助けしてしまう始末だ。人類の味方でも魔王の味方でもない。
こんな異端者が息をする場所は、この現実世界にはないのかもしれない。


「・・・ごめん」


そうだとしても俺の世界を、男鹿を、どうか取り上げないで下さい。



***




「てめぇのせいだろ!てめぇが捕まったから俺がこんな目にッ!!」
「……っ」


目を見開いて固まる古市を見てしまった、と思った。互いの息が触れるほど近い距離にいるのに、空虚を見つめる古市をどこか遠くに感じてしまう。
襟を掴む俺の手に添えられた白い手は、先ほどまで荒縄に縛られた後がまだ生々しく残っている。
また、傷付けてしまった。


「ご、めん・・・」


泣きそうに顔を歪め、か細い声でそう呟く。注意していないと聞き逃してしまいそうなくらい、小さく力のない声だった。
その瞬間、得体の知れない痛みが胸をつついて、思わず襟を掴んでいた手を離した。支えを失った古市は力無く俯く。その身体を支えられる資格は俺にはない。

ふと視界に入った自分の腕を見つめる。いびつに広がる人間のそれより深い赤色の紋様。
これさえなければ。
そんなあてつけな言い訳しか俺の頭には浮かばなかった。


「・・・ごめん」


だけど二回目のその言葉を聞いて、もう耐えるのは無理だった。俯くその顔を両手で挟みこんで、強引に上を向かせる。相変わらず泣きそうな顔をしてるのに、涙だけは決して流そうとしなかった。そういえば古市は昔から弱いくせに変なところで強情だった。


「お前が謝る必要はねぇ」


傷付けたのは俺なのに、古市以上に強情な俺の唇はごめんの一言も言えない。そんな自分に嫌気が刺すと同時に、どうしたらこいつが悲しまなくて済むのか、錆び付いた頭が鈍い音を立てながら回転する。


「俺はヒーローじゃねぇ。自分が守りたいと思ったやつしか守らねぇ。だから人類の運命なんか知ったこっちゃねーし、でもまぁ結果的にお前や家族を巻き込む結果になるから、めんどくせーけどなんとかする。こいつにそんなしょーもねーことはさせねぇ」


力が欲しかった。俺のせいでとばっちりを受ける人たちの盾になれるように。一人で二人の人間を守るのは難しいかもしれない。それを可能にするには力が必要だった。全ての人を守るだなんて大それた事は言えない。
それでもこの拳が届く範囲は、俺の世界なんだ。


「だからお前は大人しく俺の傍にいろ。いちいち探すのめんどいんだよ。勝手に離れたりでもしたら、その時はマジでぶっ飛ばすからな」


まだ俺は力がないから、守るものは傍にいてもらわないとどうにもならない。自分の知らないところで誰かが、古市が危険な目に合うだなんて考えただけでも吐き気がする。今回のようにいつでも間に合う訳じゃねぇから。

焦点の合ってなかった古市のでかい目が、ようやく俺を写した。驚きと戸惑いと、安堵を確かに滲ませて。それを見てようやく息が出来た心地がした。


「お前だけ一方的に言うのは卑怯じゃねーのかよ。俺にも言わせろボケ」
「なんだとゴラ」
「ぜってー死ぬんじゃねーぞ、バカ男鹿」


怯えていたのは、俺もこいつも一緒だったんだ。なんだ、簡単なことじゃねーか。ごちゃごちゃ考えて損したじゃねーか古市のボケ。


「あったりめーだ、アホ古市」


だからせいぜい、お前はバカみたいに俺の隣で笑ってろ。それだけで、俺は――




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