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※古市誕



どこか覚束ない手が頬の傷に触れた時、ピリッとした痛みが走って思わず目を瞑った
しまった、と思った時にはもう遅い
俺のその表情を見て男鹿は少しだけ苦い顔をして悪い、と呟いた

ガーゼのザラザラとした感触が頬に当たる
消毒液のきつい匂いが鼻を突き、血の味がうっすら残る唇を噛んだ

そんな顔をさせたいんじゃない
俺が喧嘩を売られる理由はほとんどが男鹿絡みだけど、それによって俺が傷付いてお前がつらそうな顔をするのを見るのが、俺はとても嫌だった
理不尽かもしれないけど、人間そんなものだろ
でもきっと男鹿も俺と同じだろうから、だから何も言わない
その情けない顔が呟くごめんに、俺は仕方ねーなって笑うことしか出来ないけど

でもきっとそれが一番いいんだ



慣れた手つきで男鹿の腕にガーゼテープを貼っていく
俺より確実に怪我をしてるのに、そういう痛みより男鹿は俺の傷を見てる方がよっぽど痛そうだ
男鹿は自分の事となると強いけど、他人の事となるとそれは驚く程に疎い
いつも傷一つなく相手を叩きのめす癖に、誰かが誤って怪我をしたり捕まったしたら馬鹿みたいに焦るから必要以上に怪我をする
その良い例が俺



お互いを手当し合った後はもう何もする気力もなく、男鹿はそのまま俺の家に泊まった
布団も出すのが億劫だったから、ちょっと狭いけど二人でベッドに入る
お互い背中を向けて横になっても、ほのかに伝わってくる熱を感じながらゆっくりと目を閉じた



ゆっくりと身体を揺さぶられて重たい瞼を上げた
夜目の効かない視界の中で聞き慣れた低い声が出かけるぞ、と呟く
覚醒しきれない頭でどこにだよと問えば海、と短い言葉が返ってきて目を瞬かせた

「海ぃ!?ちょ、お前本気で言ってんのかよ!」
「いいから早く支度しろよ。間に合わないぞ」

間に合わないってなんだよと言っても、男鹿は黙々と趣味の悪いTシャツに着替えて(さすがに寒いからその上にパーカーを着ていた)眠そうなベル坊を背中に背負う
仕方ないからいつも以上に厚着をしてまだ真っ暗な外に出た
時計を見れば朝の3時半
真っ暗なのも当たり前だ

「てかどうやって行くんだよ。この時間電車ないぞ」
「これしかねーだろ」

と言って出して来たのは恐らく美咲さんの自転車
おいまさかと思うがこれで2ケツしろと…?

「その通りだ古市くん」
「勝手に人の心読むんじゃねええええ!」

あり得ない
こんな時間に馬鹿だろこいつ
いや男鹿の馬鹿は今に始まった事じゃないがそれに毎度付き合ってる俺も大概あれだよな
うん、あれってなんだ



海までチャリでなんか行ったことないからどのくらいかかるのかなんて分からないけど、確か下り坂が多かった
だから男鹿の後ろで立っている俺の全身にダイレクトで冷たい風が当たる
真面目に寒すぎる

「今季最高に寒いんですけど!」
「だったら荷台に座ればいいだろ」

と言って背中にいたベル坊をお腹に回す
その言葉に従って荷台に腰を下ろせば、前の男鹿が壁となって風があまり来なくなった
程よい筋肉が付いた広い背中と俺よりほんの少し高い位置にある頭を見つめてちょっと悔しくなったのは内緒だ

「…うわッ!」
「あ、ワリ」

突然石かなにかにタイヤが乗り上げて車体が大きく揺れた
思わず目の前の背中にしがみつけば、パーカーの上から男鹿の少し高めの体温と嗅ぎなれた匂いが伝わってきてどうしようもなく頬があつくなる
急いで顔を上げても回した腕だけはどうしてもほどけなかった



どのくらい走ったのか空が白み出したころ、ようやく潮の匂いが漂ってきた
適当に自転車を置いて砂浜を歩く
乾いた流木の上に二人で座れば穏やかな波の音が耳に流れてきた

「つか、なんで突然海なわけ?」
「だってお前今日誕生日だろ」
「……言われてみればそーだったな。てか、誕生日と海の関連性が分からないんだけど」
「誕生日と言えばふつう海だろ」
「それはお前が夏生まれだからだろーがあッ!」

現在は生憎肌寒い11月上旬
とても海は頂けない季節だ
自分の誕生日の存在はすっかり忘れていたが、それでも男鹿の意味不明な解釈と行動力に呆れ半分尊敬半分で脱力する

「確かに俺海嫌いじゃねーけど今寒いし。泳げない海はつまんないだろ」
「えーせっかくの俺の誕生日プレゼントがぁー」

誕生日プレゼントってまさかこれか?
毎年毎年プリッツやらポッキーやら貰うのもいい加減嫌だったが、これはこれでなんというか疲労感が溜まる
嫌な訳じゃないけど正直別に嬉しくもない
ただまぁ見たことのない海からの日の出が見れるからいいとするか、などと考えていたら難しい顔をした男鹿がじっとこちらを見詰めていた

「……なんだ…ッ!?」

怪訝な顔付きで尋ねた俺の言葉は男鹿の口内へと飲み込まれた
触れあった唇はびっくりするほど熱くて思わず気持ち良いと感じてしまう
しかしその一瞬の隙に乾燥した唇を舌でペロリと舐められてびっくりして目を見開いた

「……ッ、んぅっ…!」

薄く開いてしまった唇の間からぬるりと男鹿の熱い舌が入ってくる
顔を背けるようとしたがその前に後頭部をがっちりと固定され、腰を引き寄せられて身体全体を密着させられる
触れたガーゼの上からピリッと鈍い痛みが走った
苦しさに僅かに出来た隙間から腕で男鹿の胸を叩いてもそれはもはや笑える程に弱々しい抵抗だった

「…っぁ…ふッ…」

あれだけ冷たかった身体が男鹿の熱で暖かさを取り戻していく
男鹿と触れている部分から、絡まる熱い舌から、冷えきった身体の芯がゆっくりと溶かされる
抵抗の為に身体の間にあった腕はもはや男鹿にすがり付いてるみたいに服を掴んでて、砂浜に付いている足からはみるみる力が抜けていく
もう限界だ、そう思った瞬間にようやくゆっくりと唇が離された

「誕生日おめでとう古市」

そう言ってびっくりするくらいにお前は柔らかく微笑んだ


鋭い瞳の中で揺れる淡い光がどうしようもなく好きだった
男鹿の優しさに触れる度に不器用でもいいんだって、こんな俺でもいいんだって、実感させられるから

男鹿の肩ごしから覗く綺麗な朝日に涙が出そうになった




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