※小学二年生設定、いろいろ捏造
転校生がくるんだって
赤いランドセルを揺らしながらはしゃぐ女たちの一言が偶然耳についた
転校生ってどんなやつだろう
別に親しくなりたいとか思った訳じゃないけど、ただの興味本意で気になった
男だったらけんかしなけりゃ少しは話せるかもしれない
でもべたべたするのはいやだ
女だったらまず話さない
というか向こうが怖がって寄ってこないだろう
朝っぱらから使った頭は結局、どうせなら男がいいなという結論に達した
「みんなも分かってると思うけど、今日から新しいお友達がクラスの仲間になります」
豆大福みたいな真っ白い化粧顔の先生が、シワも気にせず嬉しそうに笑う
どうぞ入ってきてという言葉の後教室にゆっくり足を踏み入れて来たやつは、きらきらした髪をしていた
髪にまけないくらいに白い肌と色素の薄いくりっとした大きな目
一瞬女だと見間違えたそいつはしかし、背中の黒いランドセルが男だというのを証明していた
「古市貴之くんです、みんな仲良くしてね」
古市くんなにか一言という先生の言葉に、そいつは何の反応も見せなかった
大きな目はなにかを睨み付けてるみたいに鋭い
小さな口は真っ直ぐに閉じられて結局開くことはなかった
自己紹介もなしに席に座ったそいつに、クラスメートはいっせいにこそこそと話し出す
斜め前に見えるそいつの横顔はきれいなのに、なにかが物足りない気がした
「おまえ、なんでなにも話さないんだ?」
ついに誰とも話しかけも話しかけられもしなかったそいつに、騒ぎながら帰るクラスメートを横目で見ながら尋ねる
普段なら自分からひとに話しかけるなんてめんどくさいと思ってたはずなのに、なんとなくこいつの声を聞きたいと思った
「別に話したいと思ってないからだよ」
素っ気なく放たれたその言葉に不思議といやな感じはしなかった
むしろはじめて聞いたこいつの声は思ったより柔らかくて、もう少し聞いていたいと思った
そう考えていたら次から次へと言葉が出てくる
前はどこに住んでいたのか、家はどこにあるのか、兄弟はいるのかという質問の他にもくだらない事を聞いたり教えたりした
そいつの反応は相変わらず素っ気ないものだったけど、おれの質問には短いけどちゃんと答えてくれたし相槌も打ってくれる
話してるうちにこいつはおもしろいやつなんじゃないかと思った
鋭い視線も他人と言葉を交わすことを嫌うのも、なにか理由があるんだ
その分厚い壁を乗り越えた先に見える本当のこいつを知りたいと思った
そしてなにより、こいつの笑った顔が見たいと思った
「おまえの髪、きらきらしててきれいだな」
夕日を反射して輝くそれは、駄菓子屋で見かけるどんなビー玉よりも、母さんが付けてる高い宝石よりもきれいに見えた
まぶしさに目を細めながら呟くと、そいつは突然びっくりしたように目をまんまるに見開いた
ただでさえ大きな目がこぼれ落ちてしまいそうで少しだけ怖くなる
「…へんって思わないの?」
「なにが?」
「だってこんな髪の毛した子、めったにいないじゃん。おかしいって、思わないのか?」
今まで大きな反応を見せなかったこいつが明らかに動揺していた
眉を寄せながら不安気に覗きこんでくる瞳になぜだか凄くどきどきする
「こんなきれいな色してんのに、なんでおかしいなんて思うんだよ?」
俺とは違うクセのないさらさらの銀色
すごく綺麗なもんだから思わず手を伸ばしていた
触れたら壊れちゃいそうで怖かったけど、それはとても柔らかくてすべすべしてて気持ちがよかった
その感触をもっと味わいたくてそいつの頭を撫でてやれば、みるみるうちにそいつの瞳が涙の膜で包まれる
長い睫毛がまばたきによりふわりと揺れる
それと一緒に大粒の涙がそいつの瞳からこぼれおちた
びっくりして顔を覗き込んでも頬に伝う涙が止まる気配はなかった
おれはこいつの泣き顔なんかじゃなくて、笑った顔がみたかったのに
こいつがどうして泣いてるのか分からない
とりあえず次々とあふれてくる涙を拭こうと思ったけど、俺はハンカチなんて持ち合わせていないから、人差し指でそっとそいつの目元を拭った
「おい、なんで泣くんだよ」
「ごめん、」
ごめん、ごめんとそいつは呟く
そんな言葉が聞きたいんじゃないと思ったが、果たしておれはなにを言ってほしいのかも分からない
とりあえずこいつの泣き顔は見たくなかった
人の泣き顔なんていくらでも見てきたのに、なぜだかこいつの涙だけはいやだった
「ごめん、嬉しかったんだ」
俯きながらそいつは呟く
嬉しいのにじゃあなんで泣くんだろう
またひとつ分からないことが増えた
「嬉しいときには笑っていいんだよ」
こいつに泣き顔は似合わない
だから笑ったらきっともっときれいだと思った
無意識につくる壁なんかいくらでもおれが壊してやるから
だからその先でおまえはただ笑ってればいい
少しだけ驚いた顔をしたあと、そいつはおそるおそる頬の筋肉をゆるめる
はじめて見たそいつの笑顔は、涙のせいでぐしゃぐしゃになっていた
それでもいい
これから先、笑顔の練習ならいくらでもおれが付き合ってやるから
不器用でへたくそなその笑顔は、他のどんなものよりきれいだった