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※兄崎捏造注意



季節を無視して鳴く鈴虫の声や連日続く熱帯夜の影響ではなく、目を覚ましたのは以外にも肌寒さを感じたからだった
ほのかな井草の匂いに包まれつつまだ薄い布団を抜け出す
障子の隙間から除く月光で室内は驚く程に明るい

ふと障子の向こうの縁側に見覚えのある影があった
適当に薄いカーディガンを引っかけて襖を開ける
割に合わず静かに開けたのはただこの空間を音で裂きたくなかったからだと思う

「起こしたか?」

いきなり後の襖が開けられたことに驚きもせず満月に負けず劣らずの金色がそこにあった
手には一人分の晩酌
縁側から見る月は恐ろしいくらい大きかった

「帰ってたのかよ」
「あぁ、さっきな」

飲むか、とどこからともなく差し出された猪口を受け取った
一口舐めるように口をつければ程よい苦味が喉を通る
よく姫川に勧められるクソ高いワインなんかより寂れた店の日本酒の方がやはり美味いと改めて感じた


兄貴がこんなふうに酒を飲む時は大抵身体から血の匂いがした
今だって薄い鉄の香りがする
普段は升も軽く飲み干すこいつがこの時だけは一本の日本酒をちびちびと味わうのだ
そしてそれは決まって俺の部屋の前で

普段ろくに会話もしない俺たちがこの時だけは酒を分け合って数は少ないが言葉を交える
その話題は本当にくだらない事から家柄についてまでと幅広い
滅多に愚痴を溢さないこいつがこの時俺に対してポツリと呟く悲鳴にも似た言葉を俺は黙って聞く
高価な淡い藍色の着物を纏った背中は誰よりも大きく感じるのに、俺の隣に座った兄貴の背中は幼い頃足を挫いて背負わされた時の光景と同じで少しだけ擽ったく感じた

「学校は、楽しいか?」
「なにクソ寒い事言ってんだ」
「昔からはじめは意地っ張りだったろ。そのせいでよく周りに誤解される事が多いかったし。ちゃんとはじめのこと理解してくれる友達はいるのか?」
「見た目プロレスラーで中身がお袋見たいな世話妬き野郎と、見た目爽やかで中身真っ黒なエセ紳士はいるけどな。斜め後ろに」

頭にクソフランスパンの顔がよぎったが速攻で掻き消した
アイツは友達とかそんな柄じゃない
アイツと俺が仲良しこよししてる光景を想像したら吐き気がした

「斜め後ろ、か。お前らしいな」
「あんたこそそんなもんだろ、実際」

兄貴は俺と違ってよく笑う
アホ見たいに大口開けて笑ったり今みたいに無理して笑ったりする
はっきり言ってバレバレだ
そんな兄貴の笑顔が俺は世界で一番嫌いだった

「俺が言えるタマじゃねーけどよ…あんま無理すんなよ」
「無理なんかしてねーよ。そう見えるのは俺がまだまだ力不足ってことだ」

兄貴は歳の割に老けて見える
皺とかそんなのじゃなくてオーラっつーもんがなんかこう、中年のリーマンみたいに感じる
それはきっと十中八九この家に産まれた事が関係しているが、次男坊で好き勝手に生きてる俺が言える立場じゃないってことも十分分かっている
それと同時に家を取り仕切る兄貴にきっぱり言えるのは俺しかいないってことも分かっている

だから酒の力を借りて酔った勢いっつーことで普段言えなそうな事をぽつりと呟く
兄貴も俺も
今まで互いの事を知らなかった分腹を割って話すのは擽ったくも悪くはない

「…切れちまったな。お開きだ」

空になった瓶を苦笑しながら抱えて立ち上がる
廊下を歩いて行く兄貴の背中はやはり猫背だったが、それも朝になればうざったい位にしゃきっとなるのだと考えたら無意識にその後ろ姿を見詰めていた
決して振り返ることを知らない大きな背中
そこにどれほどのものを背負っているのかなど俺は知らない

最後の酒が揺らめく猪口を掲げた
名も知らない奴等にせめてもの弔いを
こうする事によって兄貴の気持ちが分かる訳でもないが、せめてその大きな背中にへばり付く奴等だけじゃなく横に並んでくれる人間が一人でも多く出来る事を願った

そしてまた美味い酒が飲めるのを月に託して眠る





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