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※痴漢描写注意




遅延というのはとても厄介だと思う。俺は身体中を圧迫された電車内で小さく溜め息をついた。
男鹿と山村君と合流して改札に入った時に、ホームに並ぶ人だかりを見てまたかと思った。今日は七分遅れ。信号機のトラブルらしく、人身事故に比べればまだマシだ。


「週明けは人多いっスねー」
「一週間のスタートのスタートがこれじゃやる気でねーな」
「お前はいつもやる気ないだろーが」


まだ寝癖の残る男鹿の頭を叩いて、ようやくやってきた電車の二両目に身体を滑り込ませた。一両目が女性専用車両のためか、二両目には男が多い気がする。駅に着く度に乗り降りする人の波に流されて、あっという間に俺は二人と別れてしまった。まぁいつもの事だから比較的スペースの空きやすい反対側のドアの隅に身体を滑り込ませる。左隣に女性がいたため、俺は念のために両手を高く上げて手すりに掴まった。いくらこんな俺でも痴漢に間違われちゃ洒落になんないからな。

皮膚呼吸すらままならないほど圧迫した空間。微かに聞こえるのは学生のヘッドホンから漏れる流行りの音楽や、電車が揺れる度に鳴るヒールの音。遅延にいらいらして無意識に舌打ちを繰り返すくたびれたサラリーマンもいた。

ふとその時、背後からさわさわとした感触がした。なんだろうと顔だけで振り返ってみても、視界に広がるのは体格のいいサラリーマンのスーツ。コロンをつけてるのか、甘くて爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。空気の籠った電車内ではその香りはまさにオアシスの様に思える。
気のせいか、と思って顔を正面の扉に移した。聖石矢魔まであと四駅のところだった。


(……っ……!?)


さっきのむず痒い感触とは違って、明確な意思を持った手の平が俺の尻をなぞった。びっくりして思わず学生鞄を落としそうになったが、手すりを握る手の力を込めてなんとか耐える。


(ちょ、ウソだろおい…っ!)


大きな手の平は俺の尻の形を確かめるようになぞる。明らかに女性のそれとは違う肉付きのない硬い尻だと言うのに、その手の平は気に入ったように何度も何度もその感触を楽しんでいた。


(ふざけんなよっ俺は男だぞ…!)


怒りと同時に恐怖心も湧いてくる。女性の気持ちってこんな感じなんだな、と場違いながら共感してしまった。
好き勝手に動く手の平をどうにかしようと手すりから手を離すが、その時タイミング悪く電車が大きなカーブを曲がって体制を崩してしまった。逆に俺の身体は扉に押し付けられ、痴漢との密着度も上がってしまう。もう腕を動かせる程のスペースはなくなってしまった。


(最悪だ…っ)


痴漢の犯人は間違いなく後ろにいたコロンのサラリーマンだ。その証拠に目の前のガラス越しに彼の愉悦を含む笑みが見えた。悔しいことにかなりの美形で、憎たらしく感じるはずのその表情は様になってる。


「可愛いね、君。ここ最近ずっと目付けてたんだけど、大当たりだ」
「………ッ(全然嬉しくねーよこの変態オヤジ!!)」


罵声を浴びせようと思ったが、いつの間にかワイシャツの中に入ってきた手の平の感触に変な声が出そうになって慌てて口をつぐんだ。尻をなぞる手の平も焦らすように内腿をなぞり、胸を滑る手の平は時折意地悪く突起を引っ掻けて行く。その度に抑えきれない声が出そうになって、俺は後ろの痴漢を撃退する方法より、口に手をあてて声を殺す方に夢中になっていた。


「……っん、ふ…」


ねちっこい愛撫に膝がガクガク揺れてるのが分かる。悲しいことに身体の奥底で情欲の灯火が確かに灯っていた。これでもし直接的な刺激を与えられたら本当にやばい。こんなところで洒落にならない失態を起こすハメになる。それだけは絶対死んでも嫌だ。


『次は――――駅。――駅。お出口は左側です』


その時車内に入ったアナウンスにはっとする。聖石矢魔より二つ前の駅は唯一左側のドアが開くところだ。つまり俺の目の前の扉だ。
電車がホームに入ってたくさんの人が流れていく。恐らく真っ赤になっているだろう顔を見られるのは嫌だったが、たった一度のチャンス。逃す訳には行かない。

扉が開いた瞬間に男の愛撫がさすがに一旦止まる。その代わり腰を強く引き寄せられて逃げられないようにされたが、俺は震える足を叱咤してありったけの力を込めて男のその高そうな革靴を思いっきり踏みつけた。


「ぐ…ッ!!」


痛みに一瞬だけ緩んだ腕の力。その瞬間俺はホームに飛び出していた。まだ入ってくる乗客がいる中で無我夢中で逃げた。ようやく誰もいない空間まで踊り出た瞬間、緊張が解けて思わずその場に座り込んでしまう。


「っはぁ、はぁ……ふざ、けんな…よ」


情けない声がした。あぁ、俺の声じゃんか。足にも全く力が入らない。駅員が不思議そうにこっちを見ていたが、直ぐに満員電車に乗り込む乗客をつめる作業に取り掛かってしまった。


(そうだ、男鹿と山村君に黙って降りちゃったな。次の電車…っつってももう遅刻決定か。)


今更学校なんてどうでもよかった。それにまた電車に乗りたくなんてない。男がなにいってんだって言われるかもしれないけど、あと数分でも遅かったら俺は完璧に流されてた。そう考えたら怒りか恐怖心か分からない震えが止まらない。


「古市!」


背後から聞き覚えのありすぎる声がした。ぎょっとして振り返れば乗客と駅員を押し退けて電車から這い出してくる男鹿の姿。


「なにがあった」


しゃがんで目線を合わせて問うてくるその声色と視線は心なしかきつかった。男鹿に先ほどまでの行為を知られるのが怖かった。だって俺は現に流されかけたんだ。よりによって男になぶられて。


「…なんでもねぇよ」
「嘘つけ」
「ほんとに!なんでもねぇんだよ!!」


無人のホームに俺の声が響いた。なんだか無性に虚しくなる。俺は自分の情けなさに苛立っているのに、それ男鹿に向けている。八つ当たりにもほどがあるのに、目の前の男鹿はただ俺の目をじっと見てるだけで。その視線が更につらかった。


「…山村君はどうしたんだよ」
「カズにはちゃんと言っといた。カバンも預けちまったし、もう今さら学校って気分じゃねーわ」
「俺は行くぞ」
「ノン。古市くんは俺に付き合ってもらうから却下」


相変わらず一方的過ぎるぞこの暴君。
足の震えなんか忘れてとっとと次に来る電車に乗るために立とうとしたが、その前にたくましい腕が膝裏と肩に回ってあっという間に抱き抱えられる。


(……って、え?これってお姫様抱っこ!?)


少ないとはいえホームにはまだ人がいる。大の男子高校生が同じ男子高校生に姫抱きだなんて、それこそ注目の的だ。さっきの出来事にも負けないくらい恥ずかし過ぎる。


「ちょ、降ろせよ男鹿!!ここをどこだと…っ人が見てる」


大声を出したら逆に注目されてしまったので小声で耳打ちをする。悲しいがな足の力はまだ戻らない。ひょっとしてあの男の愛撫に腰を抜かしたんだろうか。


(いやいやないない、それは断じてない!!)


そんなこと認めたら俺は今度こそ立ち直れない。もう男としての尊厳はうち砕かれたが砂になるまでボロボロにはなりたくない。だからせめて姫抱きは止めて欲しいのに、こいつはしかし無駄に力が強いのだ。


「恥ずかしかったら顔上げなければいいだろ」
「そういう問題じゃ…」
「もう大丈夫だから、古市」


急になだめるように優しく言われてもうそれ以上言葉が出なかった。さっきまでとは打ってかわった優しい表情。その中に密かに見える罪悪感。どうしてお前がそんな顔するんだよ。


「…悪かったな」
「なんでお前が謝んだよ、馬鹿男鹿…っ」


恥ずかしくて惨めで、でもどうしようもなく身体を包んでくれる温もりに安心してる自分がいて。
せめてもの反抗にその胸元に顔を押し付けた。あの甘ったるいコロンの匂いじゃない、男鹿の匂い。洒落た香りじゃないけど、なぜか今はそれが泣きたくなるほど安心できた。

プラットホームに滑り込む電車の音を聞きながら、俺は身体に込めていた力をようやく抜いた。





――――――――――――


ツイッターで「20分以内に6RTされたら、駅前で、つらそうな顔をしてお姫様抱っこをするおがふるをかきましょう。」っていう診断結果が出て見事に6RT以上されたので書いた品物でした。痴漢描写ぬるくてごめんなさい(´・ω・`)早く学校卒業してエロ書きたいです。RTしてくれたフォロワーさんとこの駄文を見てくれた皆さんにちゅっちゅ!



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