十一月二十七日
久しぶりに日記を書きます。一週間空いてしまいました。どうして一週間空いたのかっていうと、いろいろあったからです。一週間空いたのは、二年生でインフルエンザになってしまったとき以来です。だから、二年振り。二年生のときは、はとわをよくまちがってお母さんに注意されていました。
今はきちんと書けるようになったのでお母さんに日記は見せなくてもよくなりました。これからは自分のために書きなさいと言ってくれたので、自分のために書いています。自分のために書くってどういうことかわからないけど。だからこの日記はわたししか読みません。だけど、お母さんや先生に見せるときみたいにですますで書いてしまいます。日記ってむずかしいなあと思います。
ここまで書いて、寝てしまいました。だから今日は二十八日です。つづきを書きます。この日記はわたししか読まないから、わたしが誰にも知られたくないことを書いても大丈夫だと思います。だから、この一週間と一日のことを、書きます。とっても長くなるだろうけど、あの日のことはぜったいにわすれてはいけないと思うのでがんばります。
でもまだ頭がぐちゃぐちゃで上手に書けるかわからないです。
いまから八日前だから、二十日のことです。
いつもみたいに家に帰って宿題をすませて、せんたく物をいれました。いつもだったらみぃちゃんやよっちゃんと遊びに行くのですが、二人ともじゅくとピアノでいそがしい曜日でした。ぼんやりとテレビをみていた時です。お母さんからわたしのスマホに連絡が入りました。
今日なべにする〜!
お母さんからのなべにするという連絡は、イコール野菜を切って、おなべに昆布と水をいれてだしをとっておいてね、という意味なので、わたしはおなべに水と昆布を入れて野菜を切ろうと冷蔵庫をあけました。
すると、冷蔵庫に野菜がなんにもありません。だから、スーパーに野菜を買いにいくことにしました。
ちょうどお腹がぐうとなったので、おやつも一緒に。
スーパーまで歩いて、おなべの用意をカートにいれて、おかしコーナーをのぞきました。でもスーパーに食べたくなるおかしはありませんでした。前にみぃちゃんが、コンビニの方が食べたいおかしがいっぱい置いてあると言うと、よっちゃんがコンビニの方が新しいおかし多いもんなと言っていたのを思い出しました。
だからわたしはコンビニに行くことにしました。このスーパーからならコンビニはそう遠くありません。
でも、重たい白菜を持ってコンビニまで行くのはけっこう大変でした。
コンビニについて、おかしコーナーをのぞくと、スーパーのそれよりもわたしの好きなおかしがいっぱいありました。どれにしようかなといっぱいのおかしをえらんでいたときに、あるおかしが目に入りました。
おかしのたなの一番下にならんでいる、十円のスティック状のおかし。さっきみたテレビでこのごじせいにしょうひぜい入れて十円ですよ!きぎょうどりょくですねー!全国のこどものことを思って十円のままがんばっているみたいです!ととくしゅうされていたおかしでした。
だってこれ、あんまおいしないもんな
とわたしはそのおかしをみながら思い、
そんなん言いながらも十円じゃないと売れへんからちゃうの、例えばこのおかし百円やったとして誰が買うねん
とも思いました。
そしてわたしはそのおかしをさっとスカートのポケットにいれました。この時のわたしは一切きんちょうとかざい悪感とかなかったです。
この日記はわたしだけしか読まないから正直に書くけど。こんなこと言ったらお母さんにおこられるからぜったいに言わないけど、まるで元々自分のものみたいに、さいしょからポケットに入ってたみたいに、なんにも考えなしにポケットに入れてしまいました。ポケットにいれたあと、そのまま手をつっこんだまま特に何もおもわずすっと外に出ようとしました。今思うと本当にだめなことですけど。だから、ガー、みたいな音がして自動ドアがひらいて、足を外に出しました。
「そのまま出ていくん?」
声がして振り向くと、レジのところからこちらを見てこわい顔をしている男の人がいました。あ、ばれたとそのときはただただ思いました。
わたしは次の足を出すのをやめて、ポケットの中でおかしをにぎりしめていました。お兄さんはレジから出てきてわたしの前に立ち言いました。
「これ万引きやで万引き」
わかってる?とお兄さんはつづけます。はい、と返事をしました。
「いやいや、はいとちゃうやろ」
ちょっとこっちきぃ、とお兄さんはつづけて言い、わたしのうでをとりました。そしてわたしは従業員以外立ち入り禁止と書かれた事務所?のようなところに連れて行かれました。パソコンや印刷機がつくえいっぱいにおいてありました。反対側はとだなみたいなのがあって、ハンガーに服がいっぱいかかってありました。段ボールがいっぱいつみあげられてあります。コンビニの中ってこんなんなんやあって、ぼんやり思っていました。
「ここすわり」
小さな丸いいすを指差してお兄さんは言います。わたしがそこにすわるとお兄さんもパソコンの前のパイプいすにすわりました。ちょうど向かい合うような感じになって、そのときわたしははじめてお兄さんのことを見ました。
長い前がみからのぞく黒い目はこっちをまっすぐにらんでいます。こわい顔でわたしのことを見ていました。万引きしたのだから、当たり前だけど。
わたしとは十歳位としが離れているような気がしました。左の胸のネームプレートには一氏ユウジと書かれてあります。
いちうじゆうじ、とよむのかなと思いました。(家に帰ってインターネットで調べたら、ひとうじ、とよむことがわかりました。)
「ポケットの中のもん出し」
言われた通りににぎりしめてつぶれてしまったおかしをだしました。
「えらいぼろぼろにしてくれたなあ、金も払ってないくせに」
「…すみませんでした」
「大体俺の一人シフトのときになんで万引きなんかすんねんホンマ、腹立つわー」
「すみません」
それは正直わたしの知ったことじゃないし、そう思いながらあやまっていました。
「悪いとか思ってへんやろ」
だから子供嫌いやねん
と言いながらぎろりとわたしを睨んできて、その時にわたしははじめてとんでもないことをしてしまったと思いました。この日記を誰にも見せない、わたしだけのものなので書きますが、このときまでわたしはまん引きをしたというこうふん?みたいなものでふわふわとしていました。ふわふわというか、ゆめでもみてるみたいな、まるでほかのだれかのことみたいな。自分のしてしまったことなのに、知らない人がやっちゃった、みたいな。ひとごとじゃないのにひとごとみたい、みたいな。上手く言えないけれどそんなかんじでした。でもこのときにお兄さんにそう言われてにらまれて自分はとんでもないことをしてしまったといまさら気付いたみたいな…、本当にうまく言えません。お母さんは大きくなって日記を読み返したとき、あの時の自分はこう思ってたんだなとかりかいができておもしろいしなつかしいしせいちょうにつながるよと言ってたのですが、しょうらいのわたしがこれをよみかえしてなつかしくなったりせいちょうにつながったりするのでしょうか。こんな、自分のしてしまっただめなことをたらたら書いているものを読んでおもしろいとか思うのでしょうか。…話がそれてしまいました。いつかこの日記を読み返したとき、昔のわたしはやっていいことと悪いことの区別がつかないばかだったんだなあと悲しくなってくれたらいいと思います。
わたしはこの時点でやっと、悪いことをしたと気付いたとさっき書きました。それで、泣いてしまいました。こわくなってしまって。わたし、どうなるのかな。けいさつにつれていかれちゃうのかな。お母さんに電話されたり、学校にれんらくがいったり?自分がわるいことをして、ばつをうけることは当然なのにわたしはこのごにおよんで(使い方あってるのかな?)自分のことを考えていました。お母さんは人にめいわくをかけるなっていつも言ってたのに。母子家庭ってだけでいやな気持ちになるもいるからあんたはだれよりもまっとうに真面目に生きなあかん。学校でもどこでもいつもニコニコして宿題もしっかりやるんやで。そう言われていたのに。もしこのことをお母さんが知ってしまったらとてもとても悲しんでしまう。そんなことを考えていたら涙はあふれてとまりません。…今もすこし泣いてしまいました。ほんとうにごめんなさい、お母さん。
「なんで泣くん、そもそもお前が悪いんやろ」
お兄さんのおっしゃる通りです。わたしがそうやってメソメソ泣くけんり?はないのだしまるでお兄さんがわたしを泣かせてしまったみたいになります。いまならこうやってメソメソ泣くことがすでにお兄さんの迷惑になっているとわかるのに、あの時のわたしは本当にばかだとおもいます。でも、いいわけになるけどどうしようってこんらんしていました。お母さんがこのことを知ったらきっと育て方が悪いんやなって、寂しい思いさせてるんやなって、自分を責めるに決まってます。こうやって日記を書いていると、自分がどれだけ自分勝手な人間なのかがよくわかって悲しくなります。色々書いたけど、わたしが泣いたのは結局、自分のためでしかありません。お母さんを悲しませたくないならそもそもそんなことをしなければよかったのです。結局、怒られてそのあとどうなるんだろうって自分のことしか考えてなかった。こんなことをしたら、お店の人がどんなそんをして、どんなめいわくになるのかをしっかりりかいして、悪いと思って泣いたわけではなかったです。ジコチューです、わたし。今まで自分のことを同じ年の子よりしっかりしてて大人の目線で物事を考えれる人間だと思っていたのですが、そんなことなくて、ぎゃくに自分のことしか考えれてなったです。思いちがいをしてた自分がはずかしくてたまりません。なぐりたいです。
「ほんで?なんで万引きしたん」
「…なんとなく、です」
本当に理由なんてありません。お金がないわけではなかったし、ぬすんだれ!みたいな悪意?があってやったわけでもないです。ただほんとうに、ぼーっとしてたというか、…なんとなく、という言葉がぴったりな気がしました。
「ほーん。なんとなくで万引きできるんや!今時のゆとりはすごいのぉ!」
おどろきなんて全くなく、どっちかっていうとわたしのことをばかにするような顔をして、お兄さんは言いました。十さい位も年上の人にこんなことを言われるのははじめてで。びっくりしたし、本当にかなしくなりました。…でも今思うとここで悲しくなるのはなんかちがうような。
わたしがずっと黙っていると、わたしが持っていたスーパーの袋を指差してお兄さんは言いました。
「その袋はなに?」
「あ、これは…そこのスーパーで買った今日のばんごはんのお鍋にいれるやつです」
「それもぬすんだやつ?」
鼻で笑うみたいに言われて、いまでもどうしてかわからないけどその一言がとてもショックで。そう言われても仕方のないことなのに、わたしこのお兄さんきらいって思いました。性格悪いって。人のこと言えないけど。
「かったやつですけど」
「あっそ」
わたしがむかつきながら言ったことばに何も反応せず、あっそ、と流され余計にむかむかしました。
「…自分何さい?」
「10さいです」
「何年生?」
「四年生です」
「ばんごはん自分が作ってんの?」
「そうですけど」
「お母さんは?」
「仕事です」
「お父さんは?」
「いませんけど」
「…ふーん、そうなんや」
静かになったと思ったら質問をいっぱいされて。やっぱりケーサツ呼ばれちゃうんだなあって思いました。
お母さん本当にごめんなさい。そんな気持ちでいっぱいになってたらお兄さんが近づいてきて。すわっているわたしに合わせてこしをかがめました。
そして。気づくとわたしの目の前にはお兄さんの頭があって。なんか、えっと、よくわからなかったんですけど、首をかまれていました…?右首のつけねのところあたりを。こんらんしてて、でも多分けっこう長い時間でした。30秒くらい?ちくりと少しいたくて。でもなんでかこわくはなくてどっちかというとドキドキしました。わたしの首をかんでいる間、なんだかはずかしくて声を出せなくてだまっていました。
「あぁ、なるほどなぁ」
やっと、ってかんじでお兄さんがわたしの首から口をはなして、なっとくしたみたいに声を出しました。
「…え、え?…なにがですか?」
「お前みたいになんとなくって理由で悪いこと出来るんやなあって」
「…どういうことですか?」
「まがさしたってやつや。お前もおれも」
そう言ってお兄さんは笑います。その笑顔はとてもきれいで、きれいで。心ぞうがどきどきしました。でも、なんでだろうってわたしは思いました。お兄さんは子供が嫌いで、万引きも嫌いで、だからわたしにおこってて。じゃあなんでこんな風にわらいかけてくれるんやろって。
「…お兄さんは子供が嫌いなんじゃないですか」
「子供は嫌いやし、万引きする子はもっと嫌い」
それを聞いて悲しくなった自分がいました。わたしお兄さんのこと嫌いだし、それに万引きする子なんて嫌いじゃない人いないのに。
「もうしたらあかんで、お母さん悲しむし」
そう言って、わたしがぐじゅぐじゅにしてしまったおかしをわたしてくれました。でもそれ、わたしがぬすもうとしてたもので。そんなの受け取れません。…でも受け取った方がいいのかな。だってこんなにボロボロだったら売れないし。…じゃなくて。わたし、弁償しないと。
「あの、」
お金払います、そう言おうとしたわたしをさえぎってお兄さんは言いました。
「こんなんやったら売りもんにならんし、俺が払っとくわ、食べ」
そしてお兄さんはポケットからお財布を出して、つくえに十円を置きました。
「でも、あの、わたし、が」
「ええから。」
お兄さんは、おかしを受け取れずにいるわたしのてのひらにそれをおいてその上から自分の手のひらで包みました。とてもあたたかくて、大きな手でした。わたしにはお父さんがいないから、男の人のてのひらにさわったのとかはじめてで。またどきどきしました。ええから、と言った口調は実はけっこうがんこなんかな、と思うくらいのまっすぐなものでした。
「ありがとうございます」
だからわたしはお礼を言って受け取ることにしました。おかしはさっきみたいにスカートのポケットに入れて。
「もう暗なるから帰り」
「…はい」
「ホンマは名前とか聞いて本部に報告したり、ケーサツよんだり色々あるんやけど。…反省しとるみたいやし、やめといたるわ」
「本当にすみませんでした」
二人でじむしょ?から出て、コンビニの出口までお兄さんは重たい白菜の袋を持ってくれて見送ってくれました。
「気つけて帰りや」
「はい」
白菜の袋をお兄さんから受け取ります。
「おもない、いける?」
そう言って気遣ってくれて、お兄さんと指先が触れて。もっかいどきどき。
「だいじょうぶ、です」
「わかってるとは思うけど、もうしたらあかんで」
「はい。本当にほんとうに、すみませんでした」
コンビニを背にして歩きはじめます。曲がり角でちらりとコンビニを振り返るとお兄さんがまだコンビニの出口のところに立って、こちらを見ていました。一人でいそがしいのに。わたしは本当に申し訳なくなってぺこりと頭を下げるとお兄さんは小さく手を振ってくれました。
白菜を引きずるように、家に帰って。洗面台で手を洗う時にかがみをちらりと見たら、右首のところが赤くなっていました。きっと、あのときの。思い出して、体中があつくなりました。インターネットでさっきのはなんだったのか、調べてみました。キスマークというらしいです。インターネットには親しいもの同士が行う行為、好きな人にするものとかって書いてありましたが、わたしとお兄さんは全く親しくありません。インターネットにはうそも書いてあるから、情ほうをうのみにしてはいけないって授業でやったけど、このことなんだと思いました。
それを見られるのはなんだかいけない気がして、家に帰ってすぐにとっくりの服に着がえました。とっくりの服は首もとがごわごわするし、なんだかまとわりついているからいきもしづらいけど仕方がありません。家に帰ってきたお母さんに「それちょっとあつない?」と言われましたが「意外といける」と返すと、それ以上なにもいわれませんでした。
ずいぶん長い日記を書いてしまいました。ちょっと、つかれました。本当になんとなくの感覚で書きますが、わたしはもう日記をかくことはないんだろうなあと今ぼんやり思っています。このノートを開くことも、もっと大きくなってからなような気がします。本当にいけないことをしてしまって、それを八日がたって書けるようになりましたが当分このノートにさわるとベランダからとびたくなってしまうと思います。だからです。
お兄さんはどうしているでしょうか。わたしはあれから、あのコンビニには行けずにいます。向こうにとってもその方が都合が良いとはおもいますが。
お兄さんはわたしにもう来てほしくないからあんなことをしたのでしょうか。わかりませんけど、それならお兄さんの思う通りになりました。もしかしたらインターネットにあったとおり、わたしに好意をもっていた?それはきっと、無いです。多分お父さんがいないわたしへの同情じゃないのかなーっ思っています。それならちょっと、悲しいけれど。それともお兄さんの言った通り、本当にまがさしたってやつなのかな?理由なんてなくて、わたしみたいにただ、なんとなく。
あの時もらったおかしは食べてません。家に帰ってつくえの引き出しにいれて、そのままです。何度かふくろの上からさわったりなでたりしてたらもっとぼろぼろになってしまいました。でもすてたり、食べたりする気になれなくて。
お兄さんはわたしのことを覚えているでしょうか。わたしのことを見たら、あ、あの時の、なんて思ってくれるでしょうか。声や着ていた服、顔や髪型ですら覚えてくれてなくていいです。でも、せめて、出来事くらいは。そう願ってしまうわたしはわがままでしょうか。お兄さんにとって、大嫌いなこうい、がわたしを思い出させるものになるかもしれないことがちょっと悲しくもあります。でも。
一週間と一日がたって、首の赤い印もかんぜんになくなりました。なくなったけど、あのときのお兄さんのくちびるのあつさとか、首にかかるすこしこそばゆい息や、まがさしたってやつやと言って笑った顔をわすれることはできません。ねむる前とか、首についうっかりさわるとき、おふろの中とかで、それが浮かび上がって自然と涙が出てきます。
お兄さん。いえ、一氏ユウジさん。もう会うことは無いとおもうけれど、一つ聞きたいことがあります。
わたしは、どうしたらいいでしょうか。