誕生日の夜に

「随分急いでんだな」

物陰から突然低い声が降ってきて、絡まりそうな足をとめる。
次いで私を捉えたのは、噎せてしまいそうに濃い煙草の煙。

「アスマさん…いつ、」

帰って来たんですか?との問い掛けは、突然塞がれた厚い胸板に吸い込まれた。

「たった今。で、お前はそんな慌てて何処行く気だ?」

握り締めた掌のなか、すっかり熱を持ってしまった金属片を、怖ず怖ずと彼の目の前に差し出す。

アスマの部屋の鍵。

長期任務で会えない日々、主のいないその部屋を管理するのは、残された私にとって義務以上の意味を持っていて。
アスマの所持品に囲まれて過ごしていると、いまにも扉が開いて大好きな髭面が顔を覗かせるのではないかと錯覚できる。
上忍官舎の持つノスタルジックな空気に切なさを煽られることが分かっていても、そこへ通うのを止めるなどできなかった。



「俺の部屋の鍵…か」

ヤニ臭い大きな掌が、ぽすん、頭をなでる。
今日……誕生日の今日くらいは、アスマの匂いとアスマの気配に囲まれて、アスマの事だけを考えて居たくて。
任務が終わったらすぐに、彼の部屋へ向かおうと、ずっと前から決めていた(すこしでも早く彼を感じたいが故の、全力疾走だ)。

随分と高い位置にある顔を見上げて頷いた瞬間に、ベストに遮られていた視界が鮮やかに揺れる。

「そりゃー俺にとっても好都合だ」
「え…ちょ、アスマさん!?」

彼の肩に担がれているのだと気付いたのは1秒後。
嗅ぎ慣れた香りに充たされた部屋に居ることに気付いたのは5秒後(こんなことに瞬身を使うなんて…と、ひそかに思った)。
――そして
10秒後には両手がベッドに縫い付けられていた。



「なまえ…」

甘く掠れた低音の響きで名前を呼ばれて、胸を突き破りそうだった寂しさも切なさも、泣きたいくらいの愛おしさへとすり替わる。

「アスマさん…お帰りなさい」
「おう。ただいま」

限りなくやわらかい双眸に見つめられるだけで、呼吸が止まりそうで。

ひさしぶりに指先で感じる髭の感触と、頬をなでる硬く温かい掌に翻弄されながら、身体中をうるませた。



「なまえの顔、変わらねぇな」
「そう?」

久しぶりに会えたのだから、笑顔を見せたいと思うのに、アスマの声の温度が私の中の水分を吸い上げて、泣きそうな顔になった。

「ああ。相変わらず……」
「なに?」

口元が緩やかな弧を描くのを見ていると、そのまま食べられてしまいたくなる。

「喰いたくなる顔…?」
「馬鹿」

一切を吸い込みそうな深い色の瞳に、見つめられると息苦しい。
浅くなった呼吸に堪えかねて、薄く唇を開いたまま、アスマの首にしがみつく。

至近距離の視線が、心も身体もばらばらにほどいていく。
少しも瞳を反らせずに、互いの呼吸しか聞こえない薄闇で見つめ合えば、それだけで脈拍は早まる。

「なまえ」

さっきまで、意識の外へ追いやっていた欲情は、急速に膨れ上がる。
アスマの唇からこぼれる名前が、鼓膜の奥の細胞を融解し始める。

欲しくて、重なりたくて、繋がりたくて。
どろどろに溶けてしまいたかった。

何故いままで耐えられたのかと不思議になるほどの、激しい情動に押し流される。
アスマの瞳に映る自分の姿で、理性の芯はあっけなく折れた。



「お前に、会いたかった」

私も…と、答える代わりに太い首筋を引き寄せて、唇を塞いだ。

下唇をゆるく食まれ、身体から力が抜ける。
一度触れてしまったら止まらなくて、もっともっととねだるようにアスマの中に舌を差し入れる。
ざらりと温い粘膜に、全身がふるえて、鳥肌を浮かばせながらアスマを求めた。

足りない。全然足りない。
貪るように唇を合わせ、舌を絡ませる。
唾液を交錯させながら、このまま溶けてしまえたらと思うのは、多分私たちにとって自然なことで。
言葉なんてなくとも、想いはぴったりと重なっていた。

服を脱がせるのももどかしく、忍服の裾を捲り上げる掌を、私は出会った瞬間から渇望していたのかもしれない。

カチャリ、ベルトを外す音が薄暗い部屋に響く。
じりりとジッパーを下ろす音に、背筋が翻る。

これから与えられる刺激の序章のようなその金属音に、否応なく煽られて。

熱い襞に忍び込むアスマの指先を、ため息だけで受け止める。
焦がれていた存在が自分に触れている、そう意識するだけで、頭がおかしくなりそうだった。

唇を繋げたまま

私たちがひとつになったのは、

再会から10分後――

ぬるり、粘膜を刔るあつい熱が潤み切った襞をもどかしく擦りながら、私の中で存在感を増してゆく。
切なげに眉をひそめたアスマの表情が私の感覚を研ぎ澄ます。

「……っく、」

聴覚を麻痺させてしまいそうな艶っぽい呻きとともに、アスマが最奥を突いた瞬間

身体中の震えるような、激しい愛おしさの波に飲まれて

脳内は真っ白に弾けた。



「入れただけでイっちまった?」
「……っ!!」

ニヤリと笑うアスマに、ただただ見惚れながら、揺れつづける意識と身体を持て余し、襲ってくる快楽の波に溺れる。

きっと今夜は

このまま何度も

何度でも――


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(誕生日プレゼントは、俺)
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