拙いキスだがそれでも必死

「…国語辞典です」
「へ?」

 人数合わせの為に嫌々狩り出された合コンで、たまたま向かいの席に座った君の第一声。

「あの…愛読書、の話ですよね?」
「あ。あぁ!!そうそう」

 接点を探るために、本の話を持ち出したのは俺だったっけ。
 で、国語辞典?

 言葉の意味を頭が理解するより先に、その響きに胸がふるえていて。
 鼓膜をゆらゆらと揺らす聴覚刺激が、脳内を緩やかに掻き乱して行く。


「国語辞典が愛読書なのって、ヘンですか?」
「…へ?イヤ 全然変じゃないない!!!!」
「よかった…」

 頼りなげに音を紡ぐ唇のふっくらした様子が、眩しい。
 薄暗い店内の白熱灯が君の頬に優しい影を作って、綺麗な輪郭を浮き立たせる。

 網膜に映り込むのは、もう目の前の君だけ。
 視覚へ伝わる情報が俺の本能を刺激する。

 何か、目ェ離せねー。


「あの…犬塚さん、でしたっけ?」
「ああ。キバでイイぜー」

 落ち着いたオトコを装いながら、頭の中が真っ白になる。

 すこし高くてまろやかな声、透き通るように白い肌、艶めく唇。
 ながい睫毛に縁取られた大きな瞳、グラスを持つしなやかな指。

 何だよコレって!!
 めちゃくちゃ俺の好みのタイプじゃねぇ……?

 恋なんて、暫くするつもりなかったのに。

 一瞬で
 堕ちて行く――



「えーっと、キバの愛読書は何?」
「………」
「聞いてる?アイ・ドク・ショ」
「っ、俺は……地図、とか」

 ふふ、と笑った口元がなめらかな弧を描くさまに目を奪われる。

「国語辞典に地図、何だかいいコンビかもしれないね」

 綺麗な琥珀色の液体をこくりと一口呑み下す喉元を見つめていたら、ため息が漏れた。


「キバ……?」

 小首を傾げた姿、可愛い声。
 映像と音がダブルで襲って来て、無性に走り出したくなる。

 ヤベェ…マジで惚れたかも。


「そろそろ席替えな、キバ立てよ」

 悪友の言葉で衝動的に君の手を取ると、何かに急かされるように店を飛び出した。

「おいっ、キバ?ちょっと待てって!!」
「わりぃ…コイツ、俺が貰う」
「え…キバ、なに?」


 近付いた君から漂う甘い香りで、受容刺激は飽和状態。

 乱れる思考と沸き上がる衝動を上手く言葉に出来ずに
 不思議そうに俺を見上げる君の、瞼の端にキスをした。


拙いキスだがそれでも必死だっ
(今夜、日が変わるまで一緒に居てくれよ…天の川見ようぜー)
(七夕だから?)
(…誕生日、なんだ)
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