見えない目印


(続きは、俺ん家で。な?)
 余裕ぶってそう言いながら腰に手を回すと、お前は驚いたように肩を竦める。
 そんな反応を見せられたら、直ぐにでもその場から連れ去りたくなんだろ。

「もしかして、イヤ?」

 拒否の返事など有り得ないと思いながら、そんな質問をするなんて。
 俺も先輩に負けねぇ位、人がわりぃのかも。

 店の前で、すれ違いざまに耳打ちされた台詞が脳内でこだまする。


(さっさとモノにしちゃいなよ?でないと、あの子 私が取っちゃうから)
(はぁ?)
(ってのは冗談だけど。危ないよ…ゲンマさんも狙ってるらしいし)


 マジかよ…。
 でも、あのゲンマさんなら。目の前で攫われることも有り得る。


「ん…?どうなんだよ。俺ん家じゃ不服?」
「さあ、どうだと思う?奈良君」
「……っ!!」

 照れながら受け入れられるとの思惑が外れて、不覚にもどくん、と心臓が高鳴る。

 お前、そんなキャラだったっけ?
 さっきまで泣いてたオンナだとは思えねぇっつうの。


「私も…先輩みたいなカッコイイ女性になりたいな」

 独り言のような呟きを聞きながら、先輩との会話が再び頭に浮かんだ。


(それと…)
(何すか?)
(フェミニストなのは分かるけど、複数の異性に対して不用意に優しさを見せ過ぎないこと)
(なんで…?)
(あの子はそんな事を気にするタイプじゃないけどね。優しくされた方はそうも行かないから)
(……了解っす)
(奈良君に優しくお姫様扱いされて心が揺らがない女なんて、きっと私くらいなもんだよ)



 か、勘弁してくれよ。
 あんな人間力の高い女(っつうか、妙な方向にパワフルな女)になりてぇってのか?
 そんな女、相手にしてたら俺の身がもたねぇっつうの。
 頼むから、お前はあんな風になんな。


「そのまんまのお前のが、俺は好きだけど…」
「ばっ、奈良君のバカ…急に変な事言わないで」
「ヘンじゃねぇだろ?」

 俺の席と反対に向けられた顔を固定すると、耳元に唇を近付けた。

(さっさとグラスあけろよ…)
(なん、で?)
(早く………お前と、ふたりっきりになりてぇから)






 奈良君のこんな姿を見ることになるなんて、数時間前まで思いもしなかった。

 いつも見慣れている研究室での白衣姿もカッコイイけど、それを剥ぎ取って現れた身体もすごく完璧なバランスで。
 皮膚から透けて見える血管も、程良く付いた筋肉も、形の良い骨のラインも。
 奈良君の全てに目を奪われて、溜息が洩れる。

 さっきまで、このきれいな指が私に触れていて。
 滑らかな肌がぴったりと隙間なくくっついていた。

 嗄れた甘い声が私の名を呼ぶ度に、身体の最奥が疼いて呼吸が乱れる。


「どうしたよ、疲れた?」
「ううん」

 やさしい顔で私を覗き込む奈良君の頬に、そっと触れてみる。
 はじめて触れた時のように、指先がふるえた。

 ふっ…、と笑みを漏らした奈良君の瞳に、私が映る。

 ああ。
 やっぱり私、
 彼の事がとても愛おしい――


「奈良君…」
「ん?」

 髪の隙間に差し込まれた指が、ゆっくりと髪を梳く。
 触れられた部分から身体が溶けて行くような錯覚。

 しあわせって きっと今みたいな時間のことを言うんだろうな。
 私にはやっぱり、肌を重ねることに意味がないなんて思えない。

「ううん。何でもない」

 触れるだけ
 触れられるだけで
 こんなにも心が満たされる――


「で…シカマルって呼ばねぇの?」

 にやりと口の端を歪めた表情は、やっぱり魅力的で。
 情事の後だからだろうか、いつもより掠れた声が、脊椎を辿って腰まで鈍い刺激を伝える。

「さっきは、呼んでたぜ?」
「っ、あれは……奈良君に命令されたからっ!!」
「じゃ、また命令な。これから、名前で呼べよ」
「う…、シカ…マル?」

 良く出来ました。と、頭を撫でられて、頬が緩んだ。



「煙草、吸ってもイイか?」
「どうぞ」

 くるりと身体の向きを変えたシカマルの、広い背中が目の前に広がる。

 背中までキレイ――


 肩甲骨の浮き出た少し下、綺麗な窪みに沿って肌に乗るには不自然な色…

 それって、もしかして刺青?
 何と言うか、すごく意外だ…


「何でそんな所に?」
「あ?」

 普段は見えない所に隠された刺青は、何故か女性の陰を彷彿とさせる。

「背中の、入れ墨」
「あぁ……別に、誰かに見せるために入れてる訳じゃねぇから」

 口の端を歪めたシカマルの表情に、心臓が痛くなった。



「これ知ってんのは、お前と俺だけ…な」
「…ん」

 さっきまであんなに満たされた気分だったのに、急に切なさに覆われる。
 私の知らない彼の生活を垣間見た気がして。
 ドキドキするような息苦しいような、微妙な感覚に、心拍数が跳ね上がる。


「なあ、お前…なんつう顔してんの?」

 いまの心境が顔に出てたんだろうか?
 感情を隠せないなんて、私もまだまだだな…。

「すげぇ切なげなエロい顔……何、もしかしてまだ足りねぇ?」
「違っ!!」

 分かってるって。と言いながら、額に軽くキスを落とす姿に見惚れる。


「くくっ。お前…さっきの言葉、信じてんだろ」
「ん…?」

 さっきの言葉って、何の事?

「刺青…もっと近くで、良く見てみろよ」

 肩越しに笑いかけるシカマルの背中に擦り寄って、そっと頬を押し当てた。



「……っ、ごめ」
「っふ……分かった?」

 さっき入れ墨だと思ったのは

「相当、悦んで貰えたみてぇだな」
「……っ!!」

 快楽に任せて残してしまった私の爪痕で。


「すげぇ可愛かったぜ。噛み殺してぇ程に、な」
「バカ!!」

 鮮やかな朱に染まる皮膚が、ますますエロティックに見えた。


「これ…当分消えねぇと思うんだけど。責任取れよな?」
「シカだって、キスマークいっぱい残したくせに」
「服着たら見えねぇ所だし、イイだろ?」
「そんな問題じゃない!!」



「つうか、もっとしっかり痕付けてぇんだけど…」
「エッチ!!」



「でも。その前に…こっちな」

 突然塞がれた唇には微かな煙草の香り。

 やわらかくて熱い感触に

 頭も身体もとろけそう――


見えない目印
(それは俺たちふたりだけの秘密だった、)
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2008.09.21
指先の温度差 の続編です
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