やがて紡がれるのは

「また銀ちゃんサボり?先生とは思えないよねー」
「ああ。お前のその口調も生徒とは思えねぇけどなァ」

 図書館の入口で、ふたの笑い声が重なる。

「だって銀ちゃんがそんな態度なんだもん、仕方ないじゃん」
「まあなァー」


 宙を彷徨った先輩の視線が、俺の姿を捉える。
 ほんの一瞬、瞳が交差しただけなのに、馬鹿みたいに高まる鼓動を止められねぇ。

 あ…やっぱ俺

 先輩のこと。


「銀ちゃん、ちょっと待ってて」
「おう、早くしろよォ」

 面倒臭そうに頭を掻いている銀髪の教師に向かって、軽く目配せをして。
 くるりと向きを変えた先輩は、一歩ずつ俺の方に近付く。

 濃いブラウンの髪が、動く毎にさらさらと揺れる。
 靡くたびに、頭がクラクラしそうな甘い香を放って、俺の嗅覚を刺激する。


「奈良くん、」
「なんすか?」
「これ、よろしくね」

 分厚い日誌を渡しながら微笑む先輩の顔は、夕陽を受けてすごく綺麗で。

 …苛つく。
 何故か無性に苛つく。

 べつに、先輩が綺麗だからとか、夕陽が眩しいからとか、そんな理由じゃねぇ。
 部誌を付けんのがめんどくせぇとか、そーいう訳でもなくて。

 原因はあいつ。
 心底、怠そうに腑抜けた大きな欠伸をかましているくせに、妙に風格のある男。
 白衣に身を包んだ眼鏡の“あいつ”のせいだ。


「奈良くん、聞いてる?」
「……」

 あの、銀八とかいうセンコーにはタメ口なのによ。
 なんで俺には、んな年上ぶった喋り方な訳?

 ちらりと横目に見た銀八は、まるで人を馬鹿にしたような間抜けな面を曝していて。
 なのに、それでいて俺の矮小な心の中なんて全て見透かしているようにも見えた。


「奈良くん。どうかしたの?返事くらいしなよ」
「……うす」

 銀八が、死んだ魚のような目でこちらを見ている。
 その、やる気なさげな態度が益々カンに障る。

「じゃ、後は頼んだからね」
「あの……先輩」

 センコーの色素の薄い髪の毛が夕陽を反射して、綺麗なオレンジに染まる。
 その姿も、気だるげな立ち姿も、確かに魅力的と言えなくはねぇけど。

 やっぱ、苛つく。


「…先輩面ばっかされんのって、嫌いなんすけど」
「え…?」

 俺の言葉の脈絡のなさに、先輩が僅かに眉を顰める。

 先輩には不可解かもしんねぇけど、俺の中ではこの流れが必然っすから。
 つうか、歪んだその表情にすらドキドキしてる俺って、何か変なのか?

「そんなこと言われても…実際、奈良君は後輩じゃない」

 至極、正論だ。
 ただし、いつもの俺になら…な。

 でも今日は別。

 スイッチ入っちまった今の俺は、そんな簡単に引き下がらねぇぜ。


「…じゃあ、銀八のヤローはどうなんすか?」
「え、銀ちゃん?」

 なんで今あいつの名前が出るんだろう…と言いたげな顔すんなよ。先輩も、そこまで頭悪くねぇだろ?

 それに…
“銀ちゃん”なんて、親しげに呼ぶなっての。


「俺に先輩面すんなら……銀八にも敬語で話してくださいよ」

 あいつは先輩より年上なんだから。と、付け加えながら少し近付いて。
 部誌に添えられたままの小さな掌を、そっと包み込む。
 白い肌は、想像していたよりもずっと滑らかな感触を俺の中へ還して、胸が詰まる。

 あれ、これって完璧に「俺はあいつに嫉妬してます」って、暴露してるみたいなモンじゃねぇ?
 つうか、衝動に任せて手ェ握っちまってるし。

 やわらけぇ………っ、じゃなくて。


「年上面、止めて貰えます?」

 ほんのり薄桃色に染まる肌が、更に心を鷲掴む。
 重なる視線を互いに外せない。

 此処が放課後の図書館だって事も、すっかり忘れちまいそ。


「奈良く…ん。手、ちょっと痛」
「……わり、」

 力は少しだけ緩めるけど、触れた手は離さない。離してなんてやらねぇ。
 かすかに隙間の出来たふたつの掌の接触面は、じんわりと汗ばんでいた。

 見つめ合う視線も離せない。吸い込まれそうな双眸に囚われる。
 言葉にならない感情が互いの瞳に浮かぶ気がして。

 ふたりの間に流れる、緊張とも高揚ともつかない微妙な雰囲気が心地よかった。

 この反応ってあれ?
 先輩も俺のこと満更でもねぇって意味、だよな。


「先輩…」
「っ…何?」

 繋いだ手を引き寄せて、すこしずつ距離を詰める。
 視線は固定したまま。

 体中を駆け巡る熱が咽喉を焼いて、声が上手く出ない。

「俺……っ」





「なァ…お二人さん。俺のこと忘れてない?俺、すっかり亡き者にされちゃってなーい?あ。もしかして」

 銀さんお邪魔とか?と、言葉を続ける銀八の表情は、気持ちわりぃほどに緩んでいる。

「「…………っ!!」」

 いつの間にか、すっかり銀八の存在なんて忘れていて。
 目の前の先輩だけに、彼女の瞳に、唇に釘付けになっていた。


「だよねェ、邪魔だよね…じゃあ、お邪魔虫はさっさと帰るわ。まァ、仲良くなー」
「ばっ……んなんじゃねぇっつうの」

 白衣の裾を翻しながら去って行く銀八に、苦笑混じりの悪態をつきながら、つい力が抜けて。
 ゆるみそうになる口許を、必死で引き締めた。

 あンの銀髪天然パーマヤロー…

 ま、でも。
 ちょうど良いタイミングだったかもな。


「先輩。歳上面は、もうさせませんから」
「……?」

 不思議そうに傾げる頭を頬に触れた片手で固定して、耳元に唇を近付ける。


「分かんねぇの?」
「っ、奈良く……吐息、が」

 擽ったそうに竦められた肩を、有無を言わさず抱き締めて。
 掬い上げた髪の隙間から覗く耳朶に、ワザとらしく もっともっと熱い息を吹きかけた。


やがてがれるのは
(対等な関係になろうっつってんの)
(奈良くん…それって)
(ああ。先輩後輩以外の関係って事)

 意味、分かんだろ?

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2008.09.08
銀八先生友情出演ありがとう
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