証拠などこれだけで

(授業中、俺の視線感じたことねぇ?)
(……私の視線は?)


 君の短い台詞は、理性のリミッターを確実に壊した。




 屋上の扉を開くと同時に、耳元で聞こえた言葉は、先手を打ってやろうとしていた俺の出鼻をくじくのには充分で。
 君が通れるようにと片手で押さえた鉄扉が、途端に重さを増したような錯覚に陥る。

「今、何て?」

 聞き返した俺への返事はなく、代わりに“カチャリ”とシリンダー錠の締まる音が屋上に響いた。

 は?今、鍵閉めたのか…何で?
 もしかして、そんなに俺と二人きりになりたかったっつう事?

 浮かんで来た自分の考えで、勝手に心臓が騒ぎ始める。
 施錠の訳を問い質すなんて野暮だし、それはきっと俺と同じ理由のはず。つうか、同じ理由であって欲しい。
 俺だってずっと、お前と二人きりになりたかった。


「シカマル君の特等席は、何処?」

 君の考えが分からないまま、パラペット(すなわち屋上に昇る階段室の上の、この学校で一番高い所だ)を指差す。

「随分高い所が好きなんだね」
「まあな」

 俺の示す方向へ視線を流し、眩しそうに目を細める君に少しだけ見惚れると、そっと腕を取った。
 出来るだけさり気なく。

「ハシゴしかねぇから、俺が先に昇るわ」

 小さな鉄梯子を昇って、上から手を差し伸べると、細くて白い指が、俺の方へと近付いてくる。

「ほら、」

 ――あと10cm

 躊躇いを含んだ、照れたような視線が絡まる。

「どうしたんだよ、上…昇りたくねぇの?」
「ううん」


 ――あと5cm

 太陽を受け透き通る指先が小さく震えて、さっき教室を出る際に無造作に手を取った事が嘘のように思える。
 すこしずつ高まる緊張で、言葉が出ない。

「……」


 ――あと0.5mm

 早く触れてぇ……
 まるで焦らされているように、腹の底がむずむずと痒くなるような感覚。
 掌同士が近付くたった数秒が、果てしなく長く感じる。

「……っ」


 ――0.0mm

 繋いだ掌から伝わるのは
 やさしい温度。

「ありがと…」
「…おう」

 縋るように見上げる上目遣いの瞳に、俺が映る。
 すこし強めに引き上げると、バランスを取り損ねた彼女の細い身体が胸に飛び込んでくる。

 折れそうに華奢なのに、触れる全ての部分が驚くほどに柔らかくて。
 どくり、心臓が踊る。

 …なんだよ、これ。
 同じ人間とは思えねぇ、女ってこんなに柔らけぇのか…?

「ご、ごめ……重いでしょ」
「いや、全然」

 制服を隔てて触れた胸から、鼓動が伝わる。
 支えるだけのつもりだったのに、腰に回した手には、意志に反して勝手に力がこもる。

 やっべ、理性のリミッター外れた身体が、勝手に暴走しちまいそう。

 とくん、とくん――
 互いの耳に響くのは、いつもより速度を増した、いのちのおと。

「シカマル君……」

 至近距離で見つめられると、照れ臭くて。
 鼻腔の奥を刺激する君の香りに、くらくらする。

「……放して」
「わりぃ」

 でも、もうちっとだけこうさせて――


 頷く君の顎を持ち上げて、触れるか触れないかのキスをしたら
 頭がおかしくなりそうな程の愛おしさが、身体の奥で弾けた。



証拠などこれだけで、
(ここに生まれるすべてをオレは知っている。これがだと言うなら、泣きたいくらいにしあわせなんだ)


 その後の事は、秘密 な。
 外れたリミッターは修復不可能だったっつうことで。

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2008.09.12
窓越しに重なる視線の続きです
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